設計編


【アンプの構成】
 初めてプッシュプルアンプを作りました。差動型はインターネットでも評判が良いので、これを製作することにしました。6BM8パラシングルを製作して、その力強さが気に入ったので、パラプッシュプルにしました。
 パラプッシュプルとすると、片チャンネルあたり4本の6BM8が必要です。6BM8は複合管なので、初段用のTriode部も4本分になります。いろいろ考えた挙句、初段はSRPP差動型?としました。要するに初段を差動型として負荷抵抗を真空管抵抗に置き換えた回路です。こうすると初段に4本、出力段に4本なので、複合管6BM8が4本で8本分になり効率的です。
 今回も直結にします。直結回路は、音に迫力があり、素直で、曇りのない音がします。


・ 差動プッシュプルは、シングル動作と同じである。
・ 直結回路は、結合コンデンサがないので、信号がダイレクトに伝わる。
・ SRPP回路は、高域特性がよく、綺麗な高音が期待できる。
・ パラレルにすることで、より力強い音が期待できる。
 以上のような期待をこめて設計・製作に入ります。

【6BM8データ】
 HPから、6BM8データ(3定数)を拾い集めてみました。カッコ内のデータは、インターネット上の書き込み等から収集し、EP -IP特性図で内部抵抗の傾きを当てるなどして推定し、真空管3定数で確認したものです。




【電源部の検討】
 出力段1本あたり35mAを流すとすると、8本で280mAになってしまいます。そんなトランスはなかなか安く手に入らないので、モノラル構成にしました。片チャンネル4本で140mAとします。150mA程度の容量があれば大丈夫ですが、ヒーター電源も6.3Vで0.7A×4本分必要です。
 電源トランスはTANGOのST220です。オークションで新古品を手に入れました。ノグチトランスのPMC-200Mとほとんど同じです。
 初段の定電流回路は、6.3V1.5Aをブリッジ両波整流します。
 出力段は、耐圧1300Vくらいのダイオードでセンタータップ式両波整流します。280V-0V-280Vを整流すると、280V×1.3倍で約364Vになるはずです。チョークは、140mA以上の容量のものが必要なので、ノグチトランスのPMC-518Hにしました(安いので、、、)。

【初段の検討】
 初段は、SRPP差動型なので、上球を真空管抵抗と考えて、ロードラインを引いてみました。片側の球で1mAを流すことにします。

ホームページ「私のアンプ設計マニュアル」によれば、
「負荷抵抗値 = 上側球のrp + ( 上側球のRk × 上側球のμ ) + 上側球のRk」
ということなので、
28k+(1.5k×70)+1.5k=135k >1.8kの場合 28k+(1.8k×70)+1.8k=156k
となります。グラフ上でわかりずらいので、140kと160kのロードラインを引きました。

 出力段と直結なので、この動作点電圧あたりが、出力段のグリッドの電圧になります。
 出力段は、LM317で定電流化するので、これを駆動するためにおよそ5Vから25Vくらい必要です。出力段のカソード電圧は、出力管のプレートの電圧が、350V付近になるので、200V、バイアス-19Vとすると、150Vあたりになります。
 手持ちのセメント抵抗から、3.9KΩを選びました。

 1球あたり35mAなので、
 35mA×3.9kΩ=136.5Vの電圧降下となり、
 150V-136.5V=13.5V

でLM317を駆動できます。発熱を考えると、もう少し低いほうが良いかもしれません。10Vで駆動させるとすると、動作点電圧を約4V低い128V、出力段カソード電圧147Vあたりにします(もっとも実際には、少しずれると思いますが、こういう方針として考えていきます)。
 1mAを流して128Vあたりだとするとバイアス-1.4Vくらいで、1Vの入力に対して、-0.9V〜-1.9Vの間なので適切なところです。

電圧降下は、
 上球のRkが1.5kなら、135k×1mA=135V
 1.8kなら156k×1mA=156V
です。

初段上球のプレートにかける電圧は、
 1.5kなら128V+135V =263V≒260V
 1.8kなら128V+156V=284V≒280V
になります。

 定電流回路は、片側の球で1mAなので、2本で2mAです。定電流ダイオードE202にマイナス8V位をかけて2mAを流します。
 この回路は、直結SRPPなので、カソードに高い電圧がかかりますので、ヒーターバイアス、70V程度をかけます。初段上球へ263Vか284Vをかけるので、ここで、1mAでアースに分流し、途中70kΩあたりからとれば、70Vがとれます。

 実際には、そんなにうまく抵抗の持ち合わせがないので、
 1.5kなら100kΩ+100kΩ+67kΩ=267kΩか
 1.8kなら120kΩ+100kΩ+67kΩ=287kΩ
で分流し、67kΩのところからヒーターバイアス、70V程度を取り出します。

***初段の出力電圧の検討***
 出力段のカソード電圧は、自己バイアスで-19Vを想定しています。実効値は、19V x 0.707≒13Vrmsになります。出力段をドライブするのに、実効値で13Vが必要です。
 これに必要な初段の出力電圧は、13Vrms x 2 x 1.414=36.8Vp-pとなります。上のロードラインでは、バイアス-1.5を中心に、-1Vのときが105V位、-2Vのときが155Vで、約50Vp-pとなっていますので、出力段をドライブするのに十分です。

【出力段の検討】
 出力トランスは、ノグチトランスのPMF-15Pにしました(安いので、、、)。
 このトランスは、5kと8kがありますが、とりあえず5kと8kでロードラインを引いてみます。差動プッシュプルは、8k(5k)の半分、4k(2.5k)でロードラインを引くことになっています。しかし、これはパラレルなので、2本で4k(2.5k)の負荷がかかっているとみなせますので、1本あたりでは、4k(2.5k)の2倍の8k(5k)でロードラインをひきます。
 初段の出力約128Vが出力段のグリッドに直結となるので、それにバイアス分19Vをかさ上げし、147V。それに出力段駆動電圧200Vを足すと347V以上必要です。
 整流後が364Vで、チョークの直流抵抗が93Ωなので、13V低下し、351V。プレート電圧は、350V程度になるはずです。だいたいあっているので良しとします。



特性図は「http://www.tubes.mynetcologne.de/index.html」から引用。

【特性の予想】(HP「私のアンプ設計マニュアル」を参考にしています)

・総合利得

<NFBなしの場合>

利得=μ×{RL/(Rp+RL)}
なので、
初段は
70×{140/(28+140)}= 58倍

出力段は
6.75×{5/(0.8+5)}= 5.8倍 >8kΩの場合 6.75×{8/(0.8+8)}= 6.1倍

総合利得は
58倍×5倍=336倍 >8kΩの場合 58倍×6.1倍=354倍

出力トランス2次側では
5kΩ/8Ω=625 √625=25なので >8kΩの場合 8kΩ/8Ω=1000 √1000=31.6
336 ÷ 25 =13.4倍 >8kΩの場合 354 ÷ 31.6 =11.2倍
となる予定です。

<3dB程度のNFBの場合>
13.4倍が9.4倍 >8kΩの場合 11.2倍が7.9倍
になります。

・ダンピングファクタ(DF)

無帰還時のDF値=トランス1次側インピーダンス÷真空管内部抵抗
なので、(NFBなしの場合)
2.5kΩ÷0.8kΩ=3.1 >8kΩの場合(4kΩ÷0.8kΩ=5 )
となる予定です。

これに、3dB程度のNFBをかけると
DF値={(元のDF値+1)×NFB量−1}
なので、(3dB = 1.413)
(3.1+1)×1.413-1=4.8 >8kΩの場合(5+1)×1.413-1=7.5
となる予定です(実際には、出力トランスの直流抵抗分などにより内部抵抗があがるということなので、これより、もう少し低い値になることを予定しています)。

製作編


 アンプの構想を練る段階で、設定が異なる環境で考えてきましたが、次の設定で製作を進めました。
・初段上球RK=15k
・出力トランス1次インピーダンス5kΩ

【配線】
交流を扱う回路を配線します。配線は2本をできるだけきっちりと撚り、シャーシに這わせるようにしました。
B電源、C電源、信号線などを色分けして配線したかったのですが、赤と黒の線以外は十分に用意できなかったので、ほとんどが赤黒の配線です。
アースは、初段を1箇所、出力段を1箇所にできるだけまとめるようにして、入力段のあたりで1点アースとしました。アース線の共用はしないようにしました。
寄生発振が起こってしまったので、出力トランスから出力段プレートへの配線とスピーカ端子への配線も撚りました。
最終的な仕上がりは、かなりきたない配線になってしまいました。

電源】
 初段の定電流ダイオードの駆動にマイナス5V以上が必要です。初段、出力段の電源とは別に6.3Vをブリッジ整流して供給しました。
 初段の電源は、デカップリングコンデンサと抵抗のところで、ブリーダ抵抗をいれて電圧を調整しています。普通のロフチンホワイト回路では、いきなり出力段グリッドに真空管が温まらないうちに高い電圧がかかるの防ぐために、ブリーダ抵抗で調整しますが、これはSRPPなので、出力段グリッドにいきなり高い電圧がかかることはありません。
 初段への電圧を調整するために、ブリーダ抵抗をいれました。デカップリング回路で3W位の抵抗がなかなか手持ちではそろわないものです。そこでブリーダ抵抗の値をエクセルで計算させて、電圧の調整しました。また、ブリーダ抵抗の途中から、70V程度のヒーターバイアスをとりました。

【熱対策】
 熱対策として、シャーシに穴を開けていません。出力段のカソード抵抗はシャーシの上に直に出しています。スペーサを利用して、シャーシから浮かして、取り付けました。
 LM317は、パソコンなどで余った放熱板を切断して、これにシリコンを塗り取り付けました。電圧は10V以内なのでそれほど熱は出ていないようです。

【ケースも自作】
 今回は、ケースも自作です。木枠を作り、アルミ板の天板と底版をアルミのアングルで固定。プレートも自作しました。真鍮の板を金バサミで切り、その上からインクジェットプリンタで印刷したシールを貼りました。

【トラブル−寄生発振】
 配線も済み、さっそく、各箇所の電圧測定を行いました。最初は、予定通りの電圧が出ていたのですが、なぜか突然、予定しない電圧が出てしまいます。400V程度の電圧であるはずなのに、650Vなどと表示されます。理由がわかりません。

 とりあえずテスト用のスピーカを繋ぎ、音だしをしてみました。音はちゃんと出ていますが、変な音です。また、ボリュームをまわすと、回し始めと終わりのところで、ガソゴソ、ボコッというような音が出ます。
 全体的に音量が少ないというか、出力が弱いので、初段上球の抵抗を1.5kから1.8kに変更し、出力トランスも5kから8kに変更してみました。気のせいか少し良くなったような気がしましたが、とてもオーディオという音ではありません。
テスターをデジタルからアナログの古いものに変えて測定すると、ほぼ予定通りの電圧になります。本やHPなどでいろいろ調べてみると、どうも寄生発振らしいことが解りました。

 オシロスコープで正弦波を見てみると、波形の線が太く出てきました。掃引時間を切り換えてみると、大きな正弦波に細かな波形がかぶさっているのがみえます。高い周波数で発振しているということらしいです。

正弦波1000Hz-波形の線が太い-発振しているらしい。 ちょっとしたきっかけで激しく発振する 掃引時間を切り換えてみると、大きな正弦波に細かな波形がかぶさっている


 寄生発振のことを調べると、「はじめての真空管アンプ―クラフトオーディオ入門− 黒川 達夫著」に対策が載っていました。
1. 出力管グリッドに、1kΩ程度の抵抗を短くして入れる。
2. 出力管プレートに、100Ω程度の抵抗を短くして入れる。
3. 上の2の抵抗にエナメル線を巻き、コイルを並列に入れたようにする。

 とりあえず、2番目の対策を行いました。また、出力トランスから出力段プレートへの配線とスピーカ端子への配線も撚りました。
 左側用のアンプは、寄生発振がとまりましたが、右側用のアンプの音がまだ変です。出力管グリッドへの配線と出力管プレートに入れた100Ωの抵抗がくっついていたので、1cm程離して固定しました。これで、寄生発振がとまったようです。
 出力トランスを8kからに5k変更してみました。かなりいい音になってきました。低音が力強くなりました。また高音もよく伸びているように聞こえます。
初段上球の抵抗を1.8kから1.5kに変更してみました。すると、また寄生発振が起こってしまいます。また、1.5kから1.8kに変更です。
 今度は、レコードプレーヤでLP盤をかけてみました。音を出してみるとどうも変です。力のない音がして、音楽が腰砕けになってしまいます。もう一度、オシロスコープで正弦波を見てみると、普通は綺麗な波形なのですが、突然、発振してしまうことがあります。
 仕方ないので、出力管のスクリーングリッドにも100Ωの抵抗を入れ、出力管プレートの100Ω抵抗にエナメル線を巻いてみました。また、出力トランスからでている、出力管プレートとスピーカへの配線をできるだけ短くして撚りました。
 オシロスコープを見なくても、音が変わったのがわかりました。すっきりした音で、低音から高音まで、音の一粒一粒が力強く出ています。ボーカルの声も綺麗で聞きやすいものに変わりました。

【試聴】
低音の迫力がシングルとはまったく違います。
高音もよく出ていて疲れない音です。
音の一粒一粒が力強いという印象です。大きな音を出しているわけでもないのに音が強く聞こえます。
スピーカーに耳を近づけてもまったくノイズは聞こえません。
直結回路なので、予想どおり、音に迫力があり、素直で、曇りのない音がします。

【追記】

DCバランスの安定性

「アンプのDCバランスの安定性」についてですが、「情熱の真空管アンプ」の次のHPを参考にしました。
http://www.op316.com/tubes/special2.htm
 <共通定電流回路>のところで、「AC/DC差動で安定性は改善されている」というところです。
 私の回路では、出力段のカソード抵抗の両端の電圧が、約2V程度で安定します。
 2V÷(3.9KΩ+3.9KΩ)≒0.26mAがアンバランス電流となる、と考えました。
 カソード抵抗値が十分に大きな値なら、許容値もあがる、という考えから、特別に「出力管プレート電流バランスの調整」回路は作りませんでした。