【君は満月を見たか】

俺は猥雑なばかりの仕事を終わらせ都内から首都高・東名と走りつないで家路を急いでいた。
左に清涼飲料の工場が見える...
その日沈み行く夕焼けが俺の影をナビゲーターシートに落としていた。
今夜も天気は良さそうだ。
俺は夕焼けに浮かぶ黒い富士を見ながら今日の夜の事ばかり考えていた。
帰宅し、妻の作った夕食を食べるもうわの空だ。
.....。
時間だ。
俺は皮のライディングパンツに脚を通し、インナーウェア、黒皮のジャケットとGベストを着込む。
ヘルメットを持ち、チペワのエンジニアリングブーツを履く。
「じゃあ」
俺は口数も少なく、いつも心良く送り出してくれる妻と息子に軽く笑顔でこたえた。
ガレージのシャッターを開け、泥だらけのままの相棒ヤマハXTZ660テネレを外に出す。
チョークノブをいっぱいに引きセルスイッチを押すと不機嫌気味に4サイクルSOHC5バルブのエンジンは鼓動を始めた。
ヘルメットを被りインナーの破れてきたダイネーゼのグローブをはめる。
バイクに跨るとフットペグの尖りが使い古したブーツの底にグッと食い込む。
暖気を終えクラッチを握りシフトを1速に叩き込むと静かに走りだした。
住宅街を抜け幹線道へ。
アドレナリンの分泌で五感の研ぎ澄まされていく感覚を全身で感じる。
あえて無理にペースを上げる事なく車の流れにまかせて走る。
.......
まだだ、まだ爆発するな...
心の奥でもう1人の自分が自制を求める。
頭の中で弓を引くような感じだ。
いや違う...ゼンマイを巻いていると言った方が当たっているだろう。
今すぐにでも凶暴に走りだそうとしている自分をもう一人の自分が抑える。
頭の中はまだクールだった。

目の前のセダンが左折に手間取り一瞬滞る。
チペワのエンジニアリングブーツを履いたつま先が、脳が命令する前に瞬間的に2速落とす。
軽く車線を変更しながらセダンを抜きアクセルを開けた瞬間だった。
ハンドガンのトリガーを引く様に俺の頭の中で何かがハジけた。

右手を大きく捻りアクセルを開ける。
体はなにものかに命令されるかのように加速についていけるライディングフォームをとる。
適度に流れる車を右に左にかわしつつ車速を上げていく。
全身にアドレナリンが回っているのか?不思議なくらいに流れが読める。
オフロード走行を目的としたタイヤとサスペンションは細かな路面からのノイズを和らげる優しさは持合わせてはいない。不快な感触が時折体に伝わってくるのだが 、そんな事には構う必要もない。

弧を描いていくトンネルの先に停車の意志を示すスカイラインGTRのテールランプが視界に入る。
ゆっくりと車速を下げていき赤色を灯す交差点の停止ラインで止まった。
跳ね上げたシールド越しに夜空を見上げると澄みきった大気の向こうに無数の星空。
そして満月が浮かんでいた。

 

【約束の時間・場所】

満月を見たからだろうか?溢れるような高揚感はいつのまにか落ち着きへと変わってきていた。
R246から保土ヶ谷バイパスへと進む。
車の流れに任せて走りながらも時折ラインを変えながら横浜新道から第三京浜へと流す。
そして「約束の場所」である都筑PAに滑り込む。

二輪用のパーキングスペースに止めて腕のクロノグラフを見ると集合時間にはまだ早かったようだ。
だが、自分の目の前にはシルバーのボディを妖しく光らせた660テネレが一台。
ふと視線を延ばすとOgwが手を上げた。
ほどなくエキズーストノートを低音で響かせながらもう1人が現れた。
Aesopだ。
奴は首都高狩場線でナイトワインディングを楽しんできたらしい。
しばらくすると頭のFujimacも到着。SaitoとMIDORI♂も車で駆けつけて来た。
仕事の帰りだ。
そして重金会の会長、Yoroshikoがカワサキ並列4気筒のサウンドを奏でて到着。
オーストリア製マシンKTM640ADVのF江も現れた。
だが、特別何かをする訳ではない。
ただ好き勝手に喋り、震える手で珈琲を飲み、あるいはバイクを飽きるまで眺めているだけである。
他に必要な物など何も無い。
何杯目かのコーヒーを飲み終わった頃GSX1100Sカタナが咆哮を発ててやって来た。
SABUだ。
重金には欠かすことができないカタナが2台揃った。

 

我々の仲間には他にもモデファイされたカタナを駆る奴らが居る。
残念ながら今回は集合出来なかった。
まぁいい、また機会がある。
そしてAzumaがカワサキZR-7を駆り、現れた。
彼とは初対面である。
しかしすぐに打解けるのもこんな集いの良さだろう。
しばらく談笑し日付が変わる頃....
帰る者は好きに帰る。

特に決まりがある訳では無い、そんな事も自由だ。
都筑ICで降り、深夜の一般路をそれとは無しに隊列となって走る。
仲間の奏でるサウンドに酔いしれるのも時には悪く無いものだ。
仲間達が深夜営業のレストランに入って行く中、私は家路に就いた。
さぁ妻と息子の元へ帰ろう。
家路へ続くR246は夜間工事で混んでいた。
そして帰宅。
バーボンのストレートを喉にほおりこむ。
54℃のアルコールが凍えきった体と高ぶった魂を穏やかに融かしていってくれた。
この夜、同じ時間を共有できた仲間達に乾杯しよう。

※この文章はいつもよりハードコアな表現をしております。実際の走行時には法定速度を守った安全で良識を持ったライディングをしましょう♪。