◆ 数学的証明

 

「現在の集合論には、実無限と可能無限が混在しています。どうしてだか、わかりますか?」

あまりの話の急展開に驚いているボヤイ隊員に、マユ先生が聞きました。

「わからないである」

「私たちが会話で使っている『実無限』と『可能無限』を表す数学記号が作られていないからよ」

「そんなあいまいな記号は必要ないのである」

「だから、数学の世界では実無限による証明と可能無限による証明を区別できないのよ」

 

マユ先生は、記号が存在しない場合、数学的証明も存在できないことをボヤイ隊員に言いたいようです。

 

「いいこと、私たちは無意識のうちに2つの無限を思考しているの。1つは可能無限であり、もう1つは実無限よ。これを別の表現に直すと、可能無限は本来の無限であり、実無限はこの可能無限が終わってしまったと仮定している『完結した無限』です。でも、もともとは完結しないものを無限と定義しているのだから、完結する実無限は自己矛盾している概念です。だから、実無限を用いている証明は矛盾の上に成り立っているので、カントールの対角線論法は間違った証明です」

「その通り。良識で考えれば、マユ先生の証明は正しい」

「良識による証明?」

「そうです。カントールの対角線論法が間違っている、という命題を導き出した立派な良識的証明です」

 

カントールの対角線論法が証明として間違っているのであれば、この証明を背理法として応用しているゲーデルの不完全性定理も間違いであることになります。しかし、あくまでも不完全性定理の証明が間違いなのであって、不完全性定理が主張している内容までもが間違いであるとは言えません。なぜならば、間違った証明から正しい結論が出てくることは、しょっちゅうあるからです。

 

「そんなのは証明ではないのである」

「どうしてですか?」

「『いいこと、私たちは…』から始まって、『カントールの対角線論法は間違った証明です』で終わる間に、数学記号がまったく含まれていないのである。数学の証明には、数学記号が絶対不可欠である」

「全部、数学記号で書かなければ、証明と認めないの?」

「いや…ほんの一部でもいいから、数学記号が入っていないと証明に見えないのである」

「会話レベルの表現で行なった証明は、数学における証明とみなさないのか?」

自分の妻の行なった数学的証明を数学とは関係ないと言われたことに、ヒデ先生は腹を立てました。

「現代数学には、実無限という用語の数学記号が存在していない。可能無限という用語の数学記号もまだできていない。証明に数学記号が必要であるというのならば、記号の生産が証明の生産に追いつかないだけだ」

今度は、ボヤイ隊員が腹を立てました。

「数学記号の数が貧弱だというのであるか?」

「数学における証明を数学記号だけで行なえと言われたら、そういうことになる!」

間にマユ先生が割って入りました。

「お2人とも落ち着いてください」

そして、ボヤイ隊員に向かって言いました。

「これからも、重要な数学的真実がどんどん明らかになっていくでしょう。可能無限や実無限という従来からある概念(いまだにこれらは記号化されていません)や、濃度やクラスという新しい概念(これらはすでに記号化されています)を何でもかんでも数学記号に直したら、記号の数が無限に増えていく一方です」

「そりゃ、そうである」

「問題は、『可能無限や実無限という用語の数学記号が作られていないから、それを証明と認めない』という態度です」

「それは、形式主義によって支持されているから、しょうがないのである。証明はあくまでも記号の変形である」

「それが問題なのです。可能無限や実無限という数学用語が存在せず、そのために記号化されていません。記号が存在しないという理由で、これらを用いて行なう重要な数学的思考が制限されています。これは、数学的な発想としてはとても貧弱です。これこそ、まさに数学の不自由そのものです」

「そうだよ〜。形式主義なるものは、数学の自由な証明を妨げているよ〜」

「なにを言うかである!数学用語や数学記号を用いない証明など、数学的証明ではないのである。だから、君の行なった証明は、数学では証明と認めないのである。君にあとで、形式主義を教えてあげるのである」

「ふん」

ヒデ先生は鼻で笑いました。

「それでいて、濃度やクラスという矛盾した概念を数学記号に変換し、これらを用いている証明を数学的証明として容認しているのだろう?」

「いったん記号化されたら、それはそれでしょうがないのである」

「だったら、無限大という意味不明の数学用語や∞という意味不明の数学記号を作るだけではなく、無限や実無限や可能無限を表す数学記号も早く作ってください!」

「それは、宇宙数学記号統一委員会が4年後に開催されるまで、待ってくださいである」

「そんなに待てないわ」

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