2番目の私
執筆:1998/5/5(?)−2002/5/23

 パパは、いつも私に言うのだった。きみは、世界で2番目に美人だよ。
 1番目は、誰? 
 パパは言った。きみが1番目だよって言ったら、信じるかい? だから、2番目って言うんだよ。
 1番目はママなのだろう。写真の中のママ。私は、だんだん、ママに似て来る。写真の中のママに。
 その写真は、2度目にママと海に行ったときのものだよ。自分のお皿を洗い終えて戻ってきたパパが、言った。私のお皿は、私が、もう、とっくに洗い終えていた。
 濡れた手を拭きながら、パパは言った。海を覚えているかい。
 私は、まだ、海には1度しか行ったことがない。しかも、そのとき、とても小さかったので、海がどんなだか、よく分からなかった。
 海がどんなだか、分からなくても仕方がないよ。と、パパは言った。まだ、とても小さかったんだからね。
 私は、海は大きな水たまりのようなものだと言った。ただし、しょっぱいの。しょっぱい水たまりよ。
 私は、雨上がりの水たまりを見るたびに、それをなめてみたい気持ちになった。それが海でないことは分かっている。でも、海につながっていたらいいのに、と思う。通りに誰もいないとき、私は、思い切って泥水をなめてみた。ああ、そうだろうとは思っていた。しょっぱいはずがない。でも、私は驚いた、それはとてもいやな味がしたので。そして、驚いた拍子に、海のしょっぱさがどんなだったか、忘れてしまった。そのときまで、海といえば、口の中に広がるあの味というふうに思っていたのに。でも、もう、海の水が塩辛いということは、ただの知識でしかなくなった。人間は、こうして、少しずつ、体験を知識と交換しながら大人になるのだろう。本当に、そうなの? 誰か、教えて。
 ねえ。
 うん? 
 今度、いつ、海に行くの? 
 さて。きみを見てやれる人が見つかるまでは、まあ、無理だね。海に行けば、ぼくは沖の小島まで泳ぐよ。その間、きみが浜辺で波に攫われないように、誰かがきみを見ていなくてはね。
 私が見るわ。私が私を見るの。私が私のお皿を洗うように。
 パパは笑う。そんなこと、言ってるうちは、難しいな。
 パパは、何でも難しくする名人だ。
 あなたもね。
 と、ママが言った。


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