喪章を腕に巻いた男が二人、ふざけ合っているようだ。そんなはずはないのに。 一人が肩を揺すり、膝を軽く折る。もう一人が、のけぞる。そして、大口を開けた。笑っているのか。曲げた膝が伸びて、踵が上がった拍子に、男の体は、ふわりと浮き上がるようだ。そんなはずはないのに。 本当に浮き上がりそうに思えたことが、腹立たしい。 手の届きそうな所で雲が切れ、冷えた光が差す。 ついに、雨にならなかった。 両手を肩まで持ち上げ、雨粒を受けるふうにする人がいる。銀色の雲が降りてくるのを、地上で受け止めようとでも? いい気なもんだね。そうか。だって、そうだろう。ううん。そう思わないか。まあまあ。いい気なもんだね。 同じ会話が、繰り返されているのだろう。そして、そのたびに、男たちは同じ動作を繰り返すのだろう。 動きの小さい方のは大柄で、こそこそと当たりを伺う目をする。そういうのが癖らしい。その視線を辿るように、顎をしゃくる、もう一人の男。 おやおや。 タイヤが砂利を軋ませ、車が動き出す。ギシギシ、我が身の挽かれる思い。 捩れた松の古木の間を抜けると、速度が安定する。本通りに入る頃、窓が斜めに濡れ始めた。 さて、どうすればよかったのか。 どうすればよかったのか、あのとき。どうすれば…… 助手席に、誰かいてくれたらよかったのに。尻の形を残す座席に、白い手袋を放り出す。 横道に入った。何屋だか知れない店の前で止まる。店の奥に、誰かいるはずだ。呼べば、悪い方の足を引きずりながら、やけに丸い顔を出すのだろうが、呼ぶ暇はない。そんなこと、分かりそうなものではないか、子供ではないんだから。 古ぼけた店先。正方形の幟が、写真のように、動かずに垂れている。布の色はくすんでいるが、白い商品は鮮やかで、整然と並ぶ。子供の歯のようだ。 吊るした籠の中に、古い銭が数枚あるか、ないか。そこに、濡れた手が入る。 飴屋では棒飴しか買えないはずなのに、手にしているのは、何だ。魚肉ソーセージか。止せやい。 犬にでもくれてやれと、口笛を吹けば、ここは芦原で、口笛に聞こえたのは、吹き渡る風か。耳を澄ます。 …… やはり、風か。うん? …… 分からない。 さて、こうならないためには、どうすればよかったのか。 とりあえず、誰かに、いてほしかった。生まれた日の次の夜から、思っていたようだ。 助手席に、誰かいた。 車は捨てた。 歩いて帰れとでも言うのか。 みっともない。 |