百足/文字
執筆:2003/7/19−2003/7/23


 数年前、私を咬んだ百足を、私は潰した。そして、拾った紙に包んで捨てた。
 あいつは、本当に死んでいたのだろうか。死んでいなければいいのに。
 あいつが生きていて、「お互い、よく闘ったよな」と語り合う場面を想像する。
 あいつが最後の敵、そして、友だった。
 その後、私は、だれとも闘わない。
 (毒の牙は、私の肉に食い込み、数か月、抜けなかった)

 近頃、私は、束ねることを諦めた縄のように、人生の路傍に延びている。
 湿って腐りかけた縄だ。臭う。
 その縄に無数の脚が生え、もぞもぞと這い出す場面を想像する。
 私は、人間を咬む虫だ。人間は、私を潰す。そして、捨てる。
 私が生きていることを望む人間は、天地の間に、いるか。
 「お互い、よく闘ったよな」と語り合う場面を想像する人間は、いるか。
 いない。
 もしも、そんなやつがいたら、私は咬む。また、咬む。
 何度も、咬む。そして、潰される、何度も。

 いま、一度は捨てた紙を拾い上げ、広げる。
 すると、そこには、潰された百足が連綿とした文字となって死んでいる。
 そんな場面を想像する。
 その文字は、普通の人間には読めない。
 百足だったことのある人間にしか、読めない。
 人間だったことのある百足には、読めない。
 死んでいるからではない。
 文字になっているからだ。
 (毒の文字は、私の目に食い込み、数か月、抜けない)


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