おじさんの煙管
執筆:1997/3/30(?)−2002/6/3

 大変なことをしてくれたものだとおじさんは静かに言うのだった。
 秋の暮れである。唐黍の焼ける音がしていた。大変なことをしでかした。自分でも、そう思う。だが、その言葉を口にしてはならない。思い詰めたような目から察してもらえないものでもあるまいと、こうして思い詰めた目をしているのに、思い詰めた目と思い詰めたような目との区別は、自分でも定かでなく、重い、冷たい目になっているのではないか。どうか。
 やがて、分かる。
 おれは、そう言いたかった。しかし、それは、おじさんの言葉だ。おれの言おうとする言葉を、おじさんが口にする。だが、言わんとするところは、大きく異なる。
 どうすんだよ、え。
 どうしよう。もしも、おれがおじさんなら、次は、こう言おう。
 あのな、いいか、よく聞けよ。荒神橋の橋桁にゃあな、あの、黒くて長いのがよ、ずっと引っ掛かったまんまなんだぜ、流れずに。おい、聞いてるか。
 おじさんは、煙管を取り上げては置き直すということを何度もやっている。その吸い口が濡れている。咥えろと言われたら、咥えるか。思案の渦に引き込まれそうだ。そうなれば、おじさんは、もう、いないも同然だろう。すると、別のやつが現われる。別のやつと、同じ話をするのは、懲り懲りだ。
 ジリジリと唐黍の焦げる音が耳に痛い。痛いと思えば、やっと匂って来た。
 ううっ。
 何だ。やっと口を利く気になったか。あん? 
 あのね、おじさん。
 おうよ。 
 おじさんの煙管。
 うん。
 きっと、芯まで真っ黒。


[ホームへ戻る]


© 2002 Taro Shimura. All rights reserved.
このページに記載されている内容の無断転載を禁じます。