「木の上に、誰か、いるわ」 「猿だろう」 「そう? 猿にしちゃ、大きくない?」 「大きい猿なんだよ」 「人間そっくり」 「臓器移植用に、バイオテクノロジーで作り出された猿かもな」 「パンツを履いてるわ」 「研究所で飼われていたのが、逃げ出したかな」 「帽子、被ってる」 「そういう頭なんだよ」 「でも、あれは、どう見ても、$(”$”を、あなたのお好きな球団名に全文置換しておいてください)の帽子よ」 「$ファンの猿なんだろう」 「猿に、野球が分かるわけ?」 「分からないから、$ファンなんだよ」 「帽子を脱いだわ」 「脱いでも、猿だよ」 「見て、見て。頭に毛が一本も生えてないわ」 「他の所の毛は、どうなってるんだい」 「もう! 止めてよ、嫌らしい話は。あっ。こっち、見てる」 「見てても、猿だよ」 「頭の上で、帽子、振り回してる」 「芸をすると、バナナか、球場の入場券でも貰えると思ってんだろう」 「喚いてるわ」 「久しぶりに人間を見たんで、興奮してるな」 「助けてって言ってるみたいよ」 「ああ。そういうふうにも聞こえるね」 「降りられないんじゃなくて?」 「カウチ・ポテイトの猿だな」 「光り輝くドウムだと思って入ってったら、それは光り輝くUFOだったんですって」 「ははあ。エイリアンが脳を弄る前に、頭の毛、剃っちまったんだな」 「そこで出されたお茶とお菓子をいただいるうちに眠くなり、気が付いたら、木の上にいたんですって」 「お茶よりも、そのお菓子っていうのが怪しいな」 「助けなきゃ」 「いいんだよ」 「$ファンだから?」 「つまり、猿だからさ」 今のコント、笑ってたのは、僕だけのようだね。 飼われていた猿だから、木に登ることは登れても、木から降りることは不得手なのね。分かるわ。 いや。そう、まあ、そうとも言えるな。 人間そっくりの猿だなんて、気味悪いのね。おまけに、言葉まで喋るんでしょう? あのね、近頃、地球の人口が増えてるよね。なぜだか、知ってる? 難しい話? いや。増えてる人間というのはね、実は、臓器移植用の人間擬なんだよ。見た目は人間そっくりなんだけど、一つだけ、本物の人間とは違うところがあるよ。 どこ。 連中はね、$ファンなんだ。 じゃあ、オペラ・ファンって、元は何。 ホエザル。 ブラヴォー! 前世占いじゃないんだよ。 じゃあ、何を信じたら、いいの。 猿で思い出したんだけど、「進化論なんか、信じない」ってやつがいてね。そいつが傑作なんだ。「何度か、動物園に通って、猿山の猿を観察したんだけど、どの猿も、ちっとも進化していない」ってんだ。だから、言ってやったね。「人間に進化した猿が、いつまでも猿山で猿やってるわけ、ないんじゃないんですか」ってね。「人間に進化したら、とっとと逃げ出してますよ。でも、ときどき、無性に古里が恋しくなって、動物園に通っちゃあ、猿山の猿を、ぼんやり、眺めることもあるんでしょう。でも、自分が猿だったときの記憶が戻らないもんだから、自分の昔の姿を眺めながら、こう言うんでしょうね。『進化論なんか、信じない』」 あなた、なぜ、そんなことまで知ってるの。 ええっと、僕が、その進化した猿だからかな。 猿でも、進化論を信じると、人間に成れるのね。何でも信じてみるものね。 いや、そういうことじゃないと思うよ。 じゃあ、あなたは、何を信じてたの。 えっ? ううん、そうだなあ。昔のことは忘れたな。でも、進化論はさておき、退化論なら信じるね。だって、猿が人間に成るところを見たことはないけど、人間が猿に成るところなら見たことがあるからね。 $ファンで、ドウムに入ったきり出てこなかったという、あなたのお父様のことを言ってるのね。 さあて、誰のことだか。それさえ、忘れたよ。 綱渡りがお得意だったそうね。あなたのお母様が仰ってらしたわ。 綱渡りってのは、比喩なんだけどね。 あなたは、どうなの。 何が。 何だか、知らないわ。比喩なんでしょ、それ。あなたは得意なの? いや。元々、得意じゃなかったんだけど、段々、下手になってるかなあ。 じゃあ、あなた、もしかして、最近、退化してる? きみは、今も、進化の過程にあるようだね。 ははん。やっと分かったわ。あなたは私を信じないと言ってるのね。 おや。木の枝に、誰か、ぶらさがってるよ。 あなたの息子でしょう。 まるで猿だな。 降りられないんじゃなくて? 飼われていた猿じゃないよ。 飼われていた猿じゃないなら、何。飼われていなかった猿? やっぱり、降りられないのかな。ちょっと見てこよう。 と言いながら、あなたは去る。 |