元猿
執筆:2001(?)−2002/6/12

 「木の上に、誰か、いるわ」
 「猿だろう」
 「そう? 猿にしちゃ、大きくない?」
 「大きい猿なんだよ」
 「人間そっくり」
 「臓器移植用に、バイオテクノロジーで作り出された猿かもな」
 「パンツを履いてるわ」
 「研究所で飼われていたのが、逃げ出したかな」
 「帽子、被ってる」
 「そういう頭なんだよ」
 「でも、あれは、どう見ても、$(”$”を、あなたのお好きな球団名に全文置換しておいてください)の帽子よ」
 「$ファンの猿なんだろう」
 「猿に、野球が分かるわけ?」
 「分からないから、$ファンなんだよ」
 「帽子を脱いだわ」
 「脱いでも、猿だよ」
 「見て、見て。頭に毛が一本も生えてないわ」
 「他の所の毛は、どうなってるんだい」
 「もう! 止めてよ、嫌らしい話は。あっ。こっち、見てる」
 「見てても、猿だよ」
 「頭の上で、帽子、振り回してる」
 「芸をすると、バナナか、球場の入場券でも貰えると思ってんだろう」
 「喚いてるわ」
 「久しぶりに人間を見たんで、興奮してるな」
 「助けてって言ってるみたいよ」
 「ああ。そういうふうにも聞こえるね」
 「降りられないんじゃなくて?」
 「カウチ・ポテイトの猿だな」
 「光り輝くドウムだと思って入ってったら、それは光り輝くUFOだったんですって」
 「ははあ。エイリアンが脳を弄る前に、頭の毛、剃っちまったんだな」
 「そこで出されたお茶とお菓子をいただいるうちに眠くなり、気が付いたら、木の上にいたんですって」
 「お茶よりも、そのお菓子っていうのが怪しいな」
 「助けなきゃ」
 「いいんだよ」
 「$ファンだから?」
 「つまり、猿だからさ」
 今のコント、笑ってたのは、僕だけのようだね。
 飼われていた猿だから、木に登ることは登れても、木から降りることは不得手なのね。分かるわ。
 いや。そう、まあ、そうとも言えるな。
 人間そっくりの猿だなんて、気味悪いのね。おまけに、言葉まで喋るんでしょう? 
 あのね、近頃、地球の人口が増えてるよね。なぜだか、知ってる? 
 難しい話? 
 いや。増えてる人間というのはね、実は、臓器移植用の人間擬なんだよ。見た目は人間そっくりなんだけど、一つだけ、本物の人間とは違うところがあるよ。
 どこ。
 連中はね、$ファンなんだ。
 じゃあ、オペラ・ファンって、元は何。
 ホエザル。
 ブラヴォー! 
 前世占いじゃないんだよ。
 じゃあ、何を信じたら、いいの。
 猿で思い出したんだけど、「進化論なんか、信じない」ってやつがいてね。そいつが傑作なんだ。「何度か、動物園に通って、猿山の猿を観察したんだけど、どの猿も、ちっとも進化していない」ってんだ。だから、言ってやったね。「人間に進化した猿が、いつまでも猿山で猿やってるわけ、ないんじゃないんですか」ってね。「人間に進化したら、とっとと逃げ出してますよ。でも、ときどき、無性に古里が恋しくなって、動物園に通っちゃあ、猿山の猿を、ぼんやり、眺めることもあるんでしょう。でも、自分が猿だったときの記憶が戻らないもんだから、自分の昔の姿を眺めながら、こう言うんでしょうね。『進化論なんか、信じない』」
 あなた、なぜ、そんなことまで知ってるの。
 ええっと、僕が、その進化した猿だからかな。
 猿でも、進化論を信じると、人間に成れるのね。何でも信じてみるものね。
 いや、そういうことじゃないと思うよ。
 じゃあ、あなたは、何を信じてたの。
 えっ? ううん、そうだなあ。昔のことは忘れたな。でも、進化論はさておき、退化論なら信じるね。だって、猿が人間に成るところを見たことはないけど、人間が猿に成るところなら見たことがあるからね。
 $ファンで、ドウムに入ったきり出てこなかったという、あなたのお父様のことを言ってるのね。
 さあて、誰のことだか。それさえ、忘れたよ。
 綱渡りがお得意だったそうね。あなたのお母様が仰ってらしたわ。
 綱渡りってのは、比喩なんだけどね。
 あなたは、どうなの。
 何が。
 何だか、知らないわ。比喩なんでしょ、それ。あなたは得意なの? 
 いや。元々、得意じゃなかったんだけど、段々、下手になってるかなあ。
 じゃあ、あなた、もしかして、最近、退化してる? 
 きみは、今も、進化の過程にあるようだね。
 ははん。やっと分かったわ。あなたは私を信じないと言ってるのね。
 おや。木の枝に、誰か、ぶらさがってるよ。
 あなたの息子でしょう。
 まるで猿だな。
 降りられないんじゃなくて? 
 飼われていた猿じゃないよ。
 飼われていた猿じゃないなら、何。飼われていなかった猿? 
 やっぱり、降りられないのかな。ちょっと見てこよう。
 と言いながら、あなたは去る。


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