手鏡
執筆:1997/3/30(?)−2002/6/4

 外見は緑の蜻蛉で、羽は、震えているから見えなかった。
 なだらかな丘の麓の湿った土の黒い中に、ふたつ、みっつ、明るむようにして平らな石があり、そのひとつに赤い手鏡が伏せてある。かつて、あれは、そこにいた、音もなく。
 まだ早かったのだ、呼びかけるには。なのに、呼ぼうとした。誰だったか。君だったか。
 石の上は、まだ明るく、土も小気味よいほど、黒かったのに、
 呼ぼうとする息の
 (ぶくぶく)
 泡は、
 (ぷちっ)
 弾け、
 羽のように乾いた笑い声が私の喉から漏れて、
 手鏡を伏せた、
 私は、
 震える羽
 もろともに。


[ホームへ戻る]


© 2002 Taro Shimura. All rights reserved.
このページに記載されている内容の無断転載を禁じます。