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#020[世界]02日本近世戯曲

  「世界」は江戸時代の戯曲用語で、普通に戯曲の背景となる時代または一
 定の人物群と説明される。『太平記』『保元物語』『義経記』などというよう
 に整理され、のちに、近世の戯曲作者は、新しい素材で脚本を書こうとす
 るときでも、すでに成立している「世界」のどれかをえらんで、その時代背
 景下のできごととして書かねばならぬとする約束ができた。
           (諏訪春雄『近世戯曲史序説』p92、以下ページのみ)
  当代の事件を過去の出来事として仕組むことによって幕府のきびしい
 弾圧の目をくらまし、或いは咎めを逃れる口実にできたということであ
 る。
                               (p93)
  戯曲の「世界」に、第一に、当代風俗描写のための枠組み、第二に、当代世
 相批判の武器という、二つの働きのあることをみてきた。しかし、「世界」
 の機能はこの二つに止まるものではなく、三つめに、「世界」の枠組みを利
 用することによって、容易に新作を生むことができたという事実も指摘
 しておかねばならない。
                               (p95)
  「世界」はまず第一に当時の観客に親しみのある、歴史的に著名な事件が
 えらばれなければならなかった。右の「曾我」「太平記」などが「世界」とし
 て強力であったのは、そこに展開する事件が、戯曲としてしくまれる以前
 に、書物、講釈、伝説などによって、当時の人々によってよく知られており、
 そこで活躍する人物がきわめて親しみのあるものになっていたからであ
 る。これらの「世界」は、さらに、戯曲にしくまれることによってその知名
 度をいっそう増した。こうして、強い「世界」と弱い「世界」は、時代が経て
 ば経つほど、その知名度の差を拡げていったはずである。
  強弱の差はあっても「世界」はすでに知られている共通の知識であった。
 そういう「世界」を自分の作品の時代背景としてえらぶことによって、戯
 曲作者は、観客を、未知の事実に触れる際に抱く抵抗感や緊張感をとりの
 ぞいて、容易に劇中に導き入れることができた。
                              (p97-8)
  この「世界」に盛りこまれる新しい工夫を江戸時代の戯曲用語で「趣向」
 と呼んだ。江戸期の脚本は「世界」と「趣向」との組み合わせによってつく
 られた。二世並木正三の『戯財録』は、この「世界」と「趣向」を竪筋、横筋と
 して次のように説明している。
   大筋を立つるに、世界も仕古したる故、あり来りての世界にては、狂
  言に働きなし。筋を組みて立つる故、竪筋、横筋といふ。たとへば、太閤
  記の竪筋へ石川五右衛門を横筋に入れる。白拍子公成、桜子桂子、毛谷
  村六助など、皆横筋なり。竪筋は世界、横筋は趣向になる。竪は序より大
  切まで筋を合はせても動きなし。横は中程より持出しても働きとなり
  て狂言は新しく見せる、大事の眼目なり。
                               (p98)
  そして、注意しなければならぬことは、脚本に新味を加えるために挿入
 された「趣向」は、くり返し上演されるうちに「世界」に変わるということ
 である。
                               (p98)
  ここで、能の善悪をきわめる重要な基準とされている本説とは、元来は、
 和歌や連歌の用語で、題材や典拠の意味である。それを世阿弥が能楽論に
 導入したもので、本説が正しいということは、能の題材や典拠が権威ある
 古典や正しい説に基づいている事を意味する。
                               (p99)
  「世界」は、この本説の近世的展開であったと考えられよう。
                              (p100)
  「世界」とは、戯曲の時代背景であるが、典拠のあるものである。元禄歌舞
 伎においては、お家騒動は、ほとんどが典拠のない虚構であり、世話はそ
 の当時の世間の時事トピックスをしくみ、いずれもまだ「世界」としての
 資格は獲得していなかった。この二つを、王代や時代と同等の「世界」とし
 てとらえることは誤りである。
                              (p209)
  世話物は本来世界を持たないものであるが、一部の世話物は上演を繰
 り返すことによって世界を形成する。
                              (P308)
  綯い交ぜとは二つ以上の「世界」の筋をからみ合わせて一つの狂言をつ
 くることで、南北以前の桜田治助などにもすでにみられた劇作法であっ
 た。
                              (P390)
  伝統的な狂言作者の用語である世界と趣向をつかうなら、南北以前は
 「曾我の世界にお花半七」といわれたように、時代の世界はそのまま温存
 され、そこへ趣向として世話がとり入れられていた。南北の作では、時代
 の世界そのものがくずされ、世話が世界化し、時代が趣向化するといった
 現象が一般にみられるようになった。
                              (P392)
   その場へ割ってはいった直助のせりふは、「思ひ入れ」を境として前半
 はお袖に向けられた世話、後半は喜兵衛に向けられた時代である。そして、
 その世話と時代が互いに媒介されて生彩を発揮するとき、直助のせりふ
 全体が生世話となって、当時の下層庶民の生態と言語生活を活写するこ
 とになる。
                              (p402)


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