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#035[笹]

 私は、文学を真似始めているのか。こう問うことからして、腹立たしい。あなたにとって読む価値のあるように[私]が描かれる、その分だけ、私は死んで行く。私は、読まれたくない。読まれるために書きたくない。書くために書くこともしたくない。[書くために書く]という言い回しは、[読まれるために書く]という事実をごまかしているだけだ。
 私は、今、いわば、汚れた筆を洗うようなことをしているつもりでいる。ここに残る言葉は、洗った筆を拭った布に付く、ぼやけた笹の葉のような染みに過ぎないと思う。
 私の願いは、私の読者の追跡を振り切ることだ。目的は、真の、というか、裏の発信者、私を操る何者かの耳を、徹底的に無視することにある。
 どこかに、誰にも読まれない場所があって、そこでなら、私でも、何かを書き始めることができるのではないかと思わないでもない。いや、そこにいさえすれば、何かを書かねばならないという強迫観念から解放されそうな気がする。何もしないで、じっとしていられる。
 そこは、竹林か。背を丸め、しゃがんでいる。ずっと同じ姿勢だと身体のどこかが軋むようなので、身じろぎする。と、下駄か、草履か、履物の下で、枯れた笹の葉の何層にもなったのが、すさりと鳴る。その音に耳を覆われるような一瞬があって、私は、少し崩れたような景色の中に取り込まれていたと思う自分を思い出したがっているのに気付き、ひやりとする。その私は、こうして書きつつある私の姿を真似たがっているらしい。ああ、いけない、いけない。足下の危うい感じが、さらに、そのいけない感じを増幅させなければいいのだけれど。
 私は、間違っている。何だか、知らないが、決定的に間違っている。そんな思いが体の幅を越えて広がるのを、でも、許している。
 何億年か、経つ。林の外で、女が呼んでいる。誰だろう。私が呼ばれているのか。だが、考えるほどのこともない。長く座っていれば、腹も空こう。腹が空けば、飯ができている。そうはうまくはいかないものと、誰が決めたか。うまくいくといって、なぜ、心を構えねばならぬ。おや、夕飯だ。きっと貧しい。私は、声を胸の片方に溜めたまま、ああ、このまま、答えずに終わってしまう時間なのだろうなと、伏せた茶碗に積もる、半日分の埃を払うときのような息で答えに代えようとしている。そして、振り向こうとした。でも、そうしただけで、矢鱈に疲れてしまい、また、元の形に蹲る。目に付く物に、そっと手を伸ばす。伸びる手を、凍えた人の手にして眺め直そうか。
 いつか、私も立ち上がるだろう。夜が来れば、夜が私を襲う。朝が来て、人々は獣を見る目で、夜に、ごっそり、もぎ取られた人体を見る。
 かさ、かさ。積もった笹の音は、微かなのに、耳を驚かせる。言葉のように聞こえることだ。何か言っている。でも、意味はない。意味はなくても、人の声だ。ささっ。
 Lのいない夜、一人、押し入れから布団を降ろすとき、そんな音がする。咎めるような、宥めるような、憐れむような、悲しむような。あるいは、カーテンを引くとき、紙をしまうとき。立ち上がるとき、落ちた布。
 どうした、どうした、さ、さ、さ、いいのか、それで、え、え? 
 「え」という音は、喉を絞り上げるように発せられねばならない。
 何かに成り上がらないような言葉、どうにも成らないような言葉が、鬱血のように滞っている。私が滞らせるのではない。[文学]が滞らせる。私は、申しわけないような、情けないような、かさかさした遣る瀬なさの薄い刃に、血が滲むほどに浅く切り苛まれながら、眠るべきか、密かに。


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