『いろはきいろ』タイトルバーナー 『いろはきいろ』

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#061[世界]21先生とA(11)「緩和剤」

//「声」
  「御前は必竟何をしに世の中に生れて来たのだ」
  彼の頭の何処かでこういう質問を彼に掛けるものがあった。彼はそれ
 に答えたくなかった。なるべく返事を避けようとした。するとその声が猶
 彼を追窮し始めた。何遍でも同じ事を繰り返して已めなかった。彼は最後
 に叫んだ。
  「分らない」
  その声は忽ちせせら笑った。
  「分らないのじゃあるまい。分っていても、其処へ行けないのだろう。途
 中で引懸っているのだろう」
  「己の所為じゃない。己の所為じゃない」
                            (『道草』97)
 養父を拒むことに決めたために、養父のものとは特定できなくなった「声」が残留する。実父の「声」も混入したか。
 「其処」がどこだか、「分かっていても」、行かねばならない義務はなかろう。「行けない」かどうかは、[行こう]と決めてからの話だ。「其処へ行けない」のが彼の「所為じゃない」ことぐらい、明白だろうに、建三も、作者も、何をしているつもりか。行く先は、「声」が教えてくれるべきだ。「声」は「分って」いるらしいから。はて、「分って」いるのなら、なぜ、「質問」なんか、するのか。
 「御前は必竟何をしに世の中に生れて来たのだ」という文は、[「声」は、何かに利用するために、健三を生かしている]という文と、[健三は、何に利用されるのだろう]という文の混交したものだ。しかも、その「何」が何なのか、分かるような、分からないような、変な事態らしい。
 健三は、金銭的な問題について、とりあえず、決着を付けることができた。だが、さらに別の要求を突き付けられるように感じるのだろう。別の要求とは何か。想像できないから恐ろしいのではないらしい。ほぼ、想像できているのに、健三は、自分の頭の中で、「声」を欺こうとしているかのようだ。その要求の内容を知れば、その要求に応じなければならなくなると思い込み、その内容を想像しないようにしているところか。分かっているのに、分からないふりをして、逃れようとするのか。あるいは、[分からない]と答えれば、[分からないふりをするのだろう]と、せせら笑いをされるのが怖くて、分からないふりをするふりをして見せた。つまり、分かっているふりをして、結局、墓穴を掘るのか。
 「声」は、霊の類いでもなければ、健三の幻聴でもない。かといって、単なる修辞でもない。「声」は、健三を「御前」と呼ぶ。修辞としての自問自答なら、「御前」ではなく、第一人称を用いるので十分だったはずだ。「声」は、健三が空想する、目上の誰か(複数も可)のものであるはずだ。
 ここで、健三が知ったかぶりを止めて、空想の「声」の主と徹底的に問答を始めれば、あるいは、そういうプレイを作者が思いつくだけでも、健三の、あるいは、作者の状況は、一変したはずだ。
 自分が「必竟何をしに世の中に生れて来た」のか、誰にも分からない。私達は、自分をよく知る人から、あるいは、「神」(同57)から、その答えを知らされる。「生まれて来るかどうか、よく考え」(『河童』4)たわけじゃあるまい。生まれる目的など、あるわけがない。生んだ目的があるだけだ。生んだ目的は、生んだ人に尋ねなさい。
//「個人主義」
 「私のような詰らないものでも、自分で自分が道をつけつつ進み得たという自覚があれば、あなた方から見てその道が如何に下らないにせよ、それは貴方がたの批評と観察で、私には寸毫の損害がないのです」(N『私の個人主義』)とは、宣戦布告にほかならない。
 「他の存在を尊敬すると同時に自分の存在を尊敬する」(同)などと修正してみても、結局は、「薪雑木でも束になっていれば心丈夫」(同)などと、「他」の一部であるはずの「党派主義」(同)者を侮辱する。[「個人主義」者に侮辱されても、「党派主義」者は怒るべきではない]と、「個人主義」者は勝手に決めたか。
 [反「党派主義」者]とは、何者か。[反=党派/主義者]なのか。[反=「党派主義」/者]なのか。あるいは、ある党派の反対者であることを曖昧にするために「党派主義」の批判者に身を窶す、別の「党派」に属する人物か。
 もし、Nが、あらゆる「党派」を批判する気なら、その前に、自分が「党派」を形成していないことを、主観的にではなく、客観的に証明しなければならない。「私の方は個人主義で遣っているのに反して、向うは党派主義で活動しているらしく思われたからです」(同)という主張は、立場を交換すれば、同じことが言える。だから、Nは、「私の家に出入りする若い人たち」といった言葉をちらつかせるべきではなかった。しかも、「その人々の意見に抑圧を加えるような 事は、他の重大な理由のない限り、決して遣った事がない」(同)とか、「いくら私が汚辱を感じるような事があっても、決して助力は頼めないのです。そこが個人主義の淋しさです」(同)などとは、口が裂けても、言ってはならなかった。なぜなら、[「若い人たち」が、Nに対して「汚辱」とやらを感じさせた「らしく思われた」人々に「天誅」(『坊ちゃん』11)を加えたとしても、Nは責任を取らない]と宣言していることになるからだ。こういう無責任な発言を平気でするから、[反=「党派主義」者]は恐ろしい。こうした発言をする人物を個人主義者だとは、私は思わない。まさに、「私の」という条件付きの、不気味な「主義」だ。[「私の」○○「主義」]という言葉の○○に何が入ろうとも、その「主義」は怪しい。「私」と「主義」をくっつけるような話者の意図を、私は徹底的に疑う。
 「党派」が危険なのは、「党派」の成員、規律、目的などが、自他共に、明瞭にされていないときだ。「党派主義」は危険かもしれない。だが、もっと危険なのは、「党派」ではないふりを装う集団だ。[「個人主義」者達の「出入り」する「家」]が怪しくないとしたら、何が「怪しい」のだろう。
 もともと、[屯する個人主義者]という絵柄からして、かなり、滑稽なものだ。「ディオゲネス・クラブ」(コナン・ドイル『ギリシア語通訳』)みたいに、何もしない組織なら、素敵だけど。
 さて、言いたいだけのことを言ってしまうと、Nは、軟化する。「必竟ずるにこういう事は実際程度問題で、愈戦争が起った時とか、危急存亡の場合とかになれば、考えられる頭の人、─考えなくてはいられない人格の修養の積んだ人は、自然そちらへ向いて行く訳で、個人の自由を束縛し個人の活動を切り詰めても、国家の為に尽すようになるのは天然自然といっていい位なものです」(同)という。だったら、この講演の題目は、[私の国家主義]の方が相応しい。
 個人主義者なら、[「必竟ずるにこういう事は実際程度問題で」、個人主義的国家との間に「戦争が起った時とか、危急存亡の場合とかになれば、考えられる頭の人、─考えなくてはいられない人格の修養の積んだ人は、自然そちらへ向いて行く訳で」、国家主義的国家の「自由を束縛し」、国家主義的国家の「活動を切り詰めても」敵国である個人主義的国家の「為に尽すようになるのは天然自然といっていい位なものです」]とも、言えるはずだ。
 言えるか、言えないか。そこが「主義」の問題だろう。このとき、[Nと聴衆にとって、Nの仮想する敵国は、近代日本に比べ、より個人主義的ではない]という前提が確認されているのなら、ことさら、問題とするには当たらない。しかし、Nは、そのような現実的な戦略論として述べているのではない。「事実私どもは国家主義でもあり、世界主義でもあり、同時にまた個人主義でもあるのであります」(同)と、針金細工のように言葉を、くねくね、曲げ延ばし、聴衆を惑わす。
 私が個人主義者であるとして、私の属する国家が、世界的に見て、個人主義を最も許容する社会を維持しているとすれば、私が愛国者になるのは当然だろう。しかし、愛国者であることと、国家主義者であることは、別だ。個人主義者は、彼の属する国家が個人主義を許容しなければ、愛国者ではなくなることだろう。一方、国家主義者は、いつでも愛国者であろうとすることだろう。
  近頃の自我とか自覚とか唱えていくら自分の勝手な真似をしても構わ
 ないという符徴に使うようですが、その中には甚だ怪しいのが沢山あり
 ます。彼らは自分の自我をあくまで尊重するような事をいいながら、他人
 の自我に至っては毫も認めていないのです。いやしくも公平の眼を具し
 正義の観念を有つ以上は、自分の幸福のために自分の個性を発展して行
 くと同時に、その自由を他にも与えなければ済まん事だと私は信じて疑
 わないのです。
                         (『私の個人主義』)
 ちょっとは疑えよ。
 [「他人の自我」を徹底的に痛め付けることが「自分の幸福」である]ような人間は、どのように始末すればいいのでしょうか。伝家の宝刀「徳義心」(同)で、ぶった切っておやんなさい。[伝家の宝刀「徳義心」で、「他人の自我」をぶった切っちゃうのが「自分の幸福」である]ような人間は、どのように始末したらいいのでしょうか。
 さて、本当に「怪しい」のは、どっちだろう。「自分の自我をあくまで尊重するような事をいいながら、他人の自我に至っては毫も認めていない」などという日本語は、私には通じない。「自分の自我をあくまで尊重するような事をいいながら、他人の自我」を「認めて」しまえば、元の木阿弥になってしまうのではなかろうか。「自分の自我をあくまで尊重する」から、「他人の自我に至っては毫も認めていない」のは、理の当然ではないか。もともと、「自我と自覚を唱えて」いるのは、「公平の眼」や「正義の観念」を疑ったからだろう。かつて疑った概念を、[疑ったままでは都合が悪いから]と、無反省に復活させるのは、ナンセンスとしか言いようがない。
 Nのような「個人主義」こそが「怪しい」と形容すべきであって、Nが非難しているような「個人主義」については、[危ない]とでも言うべきだろう。
 勿論、「個人主義」を標榜するNだから、ちゃっかり、国家にとって危ない発言もしている。
  ただもう一つ御注意までに申し上げて置きたいのは、国家的道徳とい
 うものは個人的道徳に比べると、ずっと段の低いもののように見える事
 です。元来国と国とは辞令はいくら八釜しくっても、徳義心はそんなにあ
 りゃしません。詐欺をやる、誤魔化しをやる、ペテンに掛ける、滅茶苦茶な
 ものであります。だから国家を標準とする以上、国家を一団と見る以上、
 よほど低級な道徳に甘んじて平気でいなければならないのに、個人主義
 の基礎から考えると、それが大変高くなって来るのですから考えなけれ
 ばなりません。だから国家の平穏な時には、徳義心の高い個人主義にやは
 り重きを置く方が、私はどうしても当然のように思われます。
                         (『私の個人主義』)
 上げたり下げたり、忙しいね。
 こんな話は、「徳義心」について、最低の「個人」と最高の「国家」を「比べると」簡単に逆転してしまう。しかも、「国家」は、事あるごとに、[現在は、「平穏」ではない]と主張するはずだ。戦争は、敵対する「国家」のどちらかが、まず、自国民に対して、「詐欺」や「誤魔化し」や「ペテン」を行うことから始まる。そして、それを行っているのは他国だと、「国家」は互いに主張する。
 「二つの主義は何時でも矛盾して、何時でも撲殺し合うなどいうような厄介なものでは万々ない」(同)ということは、すなわち、[2個の思想は、1個の思想
として、融合可能だ]ということを意味するわけではない。[「主義」の対象である「個人」と「国家」は、もともと、別の文脈に属する。だから、本当は、もともと、「矛盾」なんか、しない。ときどき、「矛盾」するように見えることがあるだけだ。「矛盾」らしきことは、あっても、なくても、どっちでも、構わない。ことさら話題にするようなことではない。
 「個人」と対立するのは、「国家」ではない。社会だ。概念的に対立する、この二者が、実際には共存している、その理由は、[「個人」と社会は、折り合いをつけている]からではない。また、[ある「個人」と別の「個人」は、自他を「尊重」し合っている]からでもない。他人の生存を脅かす「個人」は、生存を脅かされた「個人」(達)によって排除されて来たからだ。ある「個人」は、[自分は、別の「個人」や、その「個人」の属する集団によって排除されることなど、決して、ない]という、確固とした自信があるのでもない限り、他人を「尊重」するふりをせざるを得ない。[他人を「尊重」するか、しないか]という選択を「個人」がやってみたところで、腹の足しにはならない。見かけのうえで、他人を「尊重」しないことのないような行動をとっているかどうかだけが、問題だ。そして、この問題が解けさえすれば、利己的行動は、見かけのうえでは、利他的行動に一致したことになる。もともと、利己も利他も、意図でしかない。行動の出発点でしかない。しかし、他人が問題にするのは、意図ではなく、結果だ。
 「個人」(達)間の対立が、いつまでも解決しない場合、もっと強力な「個人」(達)を呼んで、始末をつけてもらうとする。その「個人」(達)でも解決できないときは、もっと強力な「個人」(達)を求める。そうやって、行き着いたのが「国家」だ。だから、この[国家」に「個人」が盾を突く理由は、ないわけだ。ましてや、その「徳義心」を疑うなど、天に唾するようなものだ。というのが、「国家主義」の主張だとすれば、「国家主義」にも出番はありそうだ。しかし、Nの論法は、そうではない。どこからともなく、「国家主義」が復活する。ついでに、その他、諸々の「主義」も、蝿のように、わっと沸き上がる。
 Nの論法は、「怪しい」ものだ。Nは、[利己心と利他心は、基本的に、一致しない]といった意図の観点から出発しておきながら、[利己的行動と利他的行動は、「個人」の努力次第で、何とか、一致する]といった、結果を問題にしたときの結論を、どこからか、出して来て、これを意図の問題にくっつけてしまう。だから、論旨が捩れる。まるで、こっちがからかわれてるみたいだ。作品であれ、講演であれ、Nの言葉を理解できる人がいるとは、私には、とても思えない。
 例えば、Nは、[権利/義務]といった、現在でもワイド・ショーご用達文化人が好んで使う対語を振り回す。人間は、[権利/義務]の対語を成り立たせるような権力体制に組み込まれているので、その体制が成立するように思考し、行動するのであって、権力が機能しなくなれば、権利も義務も、一瞬にして無効になる。『坊ちゃん』的テロルを敢行して喝采を浴びることは、「天然自然」、決まっているというのなら、話は別だが、残念ながら、そうは行かない。
 私には意味不明の『現代日本の開化』(N)では、「内発」(同)に対して、「外発」(同)という造語がなされている。対句表現に凭れたがるのは、もともと、話者の思い込みがあるだけで、話の中身がないか、あるいは、何かの症状なのだろうが、そのうえ、対句を成り立たせるために無理な造語をしてみたり、あるいは、[西洋/東洋]というのではなくて、[西洋/日本]なんて、ナンセンスな対比をやられると、読んでいて、自分の目が信じられなくなる。
 さて、「個人主義」とは言っても、「私の」という限定がつく。Nは、当時の「個人」が享受しようと思えばできた程度の「自由」に達しようとしてあがいているらしい。だったら、演題は、[私個人の主義]の方が良かったよね。「の」の場所、間違っちゃったかな。
 「匹夫不可奪志也」(『論語』9)や「君君、臣臣、父父、子子」(同12)の近代版講釈だとネタばらししておけば、話は半分で済んだろう。聴く方にも、「曖昧の点」(『私の個人主義』)は残るまい。
 ところが、[国家主義は、国民にとって、「天然自然」だ]ってんだから、国家主義でも、最右翼に位置することになる。[国家主義を優先する個人主義]だなんて、まるで、個人主義者を懐柔するために潜入した国家主義者のスパイが囁くような話だ。しかも、そのつもりはないらしいから、議論にならない。国家主義者と闇取引でもしてるつもりなんだろうか。[個人主義者が国家主義を許容すれば、その分だけ、国家主義者が譲歩する]といったルールでもあればいいのになあか何にか、夢見てんのかな。1925年、びっくり、双子の普通選挙法と治安維持法が通過するが、そのとき、Nが生きていたら、どのような評価を下したろうか。
 もしかしたら、戦場に向かうのは、「考えられる頭の人」だけと、決まっているのかもしれない。だとしても、一応、[「人格の修養」の足りない人は、絶対に巻き込みません。「考えられる頭」のある「私」だけが、弾除けになって死にます。どうぞ、ご安心を]と、宣誓、署名、捺印して、隣近所に回覧板を回してくれ。
//「利己本位」
 自己中心性という言葉がある。これは、例えば、[ブランコに乗っていて、ブランコが揺れているのに、空が揺れているように見える]といった心理を指す。客観的事実には反するが、異常でも、不道徳でもない。自己中心性を欠いて行動できる人は、いないはずだ。
 「自己本位」という言葉が、自己中心性に似たことを意味するのなら、「彼は他の事を考える余裕を失って、悉く自己本位になっていた」(『門』17)というとき、まず、問題にしなければならないのは、[「他の事を考える余裕を失って」いたというのは、本当か]ということだ。本当なら、仕方がない。
 「実は利己本位の立場に居りながら、自らは固く人の為と信じて、泣いたり、感じたり」(『それから』13)するという場合は、どうだろう。当人は、自分がどんな「立場」にいるか、知らないらしいから、やはり、仕方がない。
 「彼は断然信じていた」(同13)というとき、[「彼」は、(自分の「信じて」いることと、他人の「信じて」いることは、違う)ということを知っていた]としたら、「彼」は自己中心的ではない。緊急でもなく、無知でもなく、自他の観点の相違を「断然」と知っていて、そして、トラブルが予測できていて、しかも、それを回避しようとしなかったとしたら、「彼」が何を言おうと、自己正当化に過ぎない。20世紀末日本の俗語で、[自己チュー]というやつだ。
//「緩和剤」
  官僚式に出来上った彼の眼には、建三の態度が最初から頗る横着に見
 えた。超えてはならない階段を無躾に飛び越すようにも思われた。
                            (『道草』73)
 建三と、その妻の父である「彼」との間に「超えてはならない階段」があるとしたら、その「階段」は、「彼」が「官僚」だからではなく、「紳士」(同73)だからできたものだ。「彼」は、乃木将軍を「仕事本位の立場から」(同77)評価することのできる階級に属している。この「階段」が、建三とその妻を隔ててもいる。ところが、語り手は、そのことを、不当にも無視する。
 妻の弟が「生意気」(同92)に見えるのは、健三が義弟から「君づけ」(同92)で呼ばれる階級に属しているからだ。健三は、義弟自身のためではなく、「自分と細君の未来の為に、彼女の弟を教育しようとした」(同92)と記されている。
 「御役人をしている間は相場師の方で儲けさせてくれる」(同97)ということの「意味さえ解らない」(同97)ような夫と暮らす妻の不安、夫よりもさらに階級が下る島田に抵抗できない夫を黙って見続ける妻の不安というものを考えれば、妻が「唸るような声」(同49)を出すのは、むしろ、必然の事態だとさえ言える。「健三の神経はこの声に対して普通の人以上の敏感を有っていた」(同49)などと記されるが、お笑いだ。「普通の人」なら、医者を呼ぶことだろう。
 しかし、語り手は、異様なまでに、この種の事実を認めない。健三は、自分が「物品」(同91)として扱われた過去があるので、妻を「緩和剤」(同78)として扱うことの「不合理」に気づかない。妻の方でも、自分の心身を、階級間の「疎隔」(同78)の「緩和剤」を湧出する、歪な道具に変えて、不安に馴染む。
 健三自身、彼が妻に強いているような歪な道具として存在している。健三は、実家と養家の二つの家庭の間の「疎隔」を情緒的に「緩和」しようとする。また、先進国と日本の「疎隔」を学問的に「緩和」しようとする。個人主義と国家主義を「緩和」しようともするはずだ。
  幸いにして自然は緩和剤としての歇斯的里(ヒステリー)を細君に与えた。発
 作は都合好く二人の関係が緊張した間際に起った。(中略)細君の病気は
 二人の仲を和らげる方法として、建三に必要であった。
  不幸にして細君の父と建三との間にはこういう重宝な緩和剤が存在し
 ていなかった。従って、細君が本で出来た両者の疎隔は、たとい夫婦関係
 が常に復した後でも、一寸埋める訳に行かなかった。それは不思議な現象
 であった。
                            (『道草』78)
 これは「不思議な」文だ。ここには、どんな「不思議な現象」も認められないのだから。
 語り手は、[健三の「自然」は、「二人の関係が緊張した」とき、妻に発作を起こさせた]という文脈を回避する。隠蔽されている文は、[健三の「病気」は、妻を「病気」にした]というものだ。語り手は、健三と同じ視点に立ち、「父」が「病気」にならないことを「不思議な現象」と呼んでいる。「不思議」な語り手だ。
 妻は、夫と「父」の「両者の疎隔」を「埋める訳には行かなかった」というのは当然のことだし、「父」が「緩和剤」を湧出するために「病気」にならないのも、また、当然のことだ。だから、妻は、夫から不可能な要求を突き付けられると、「発作」や「病気」に逃げ込んだ。その様子は、事情を知らない他人には、「不思議な現象」に見えたかもしれない。しかし、その事情を知る読者には「不思議」でも何でもない。
 語り手は、健三と「細君の父」との「両者の疎隔」の原因を、「細君」に求めている。語り手は忘れん坊さんなのだろうか。あるいは、「疎隔」と「階段」は、別のことを指しているのだろうか。
//「何もない」
 「不思議な現象」(『道草』78)について、語り手は、次のように語る。
  不合理な事の嫌な健三は心の中でそれを苦に病んだ。けれども別にど
 うする了簡も出さなかった。彼の性質はむきでもあり一図でもあったと
 共に頗る消極的な傾向を帯びていた。
  「己にそんな義務はない」
  自分に訊いて、自分に答を得た彼は、その答を根本的なものと信じた。
 彼は何時までも不愉快の中で起臥する決心をした。
                              (同79)
 健三の発見する「不合理」は、実は、「不合理」ではないから、それをどうにかする「了簡」など、出にくいに決まっている。「出さなかった」のではない。まず、出ない。出したとしたら、異様な事態を引き起こしていたことだろう。健三が「消極的な傾向を帯びていた」ために、見かけは平凡に暮らすことができた。「彼の性質はむきでもあり一図でもあったと共に頗る消極的な傾向を帯びていた」というのは、要するに、プラス、マイナス、ゼロ。贅言。
 「義務」は、勿論、ない。語り手は批判するらしいが、もし、そうだとしたら、この語り手は、途轍もない錯誤に捕らわれていることになる。もし、批判するとしたら、その「答」の内容ではなく、「自分に訊いて、自分に答を得た彼は、その答を根本的なものと信じた。彼は何時までも不愉快の中で起臥する決心をした」という、解答までのプロセスと、その後の態度の方だろう。
 「父」を窮地から救う「義務」なら、あるのかもしれないが、「階段」や「疎隔」をどうこうする義務はない。あるとしても、「両者」に平等にあるのであって、健三にだけ、あるのではない。そして、「父」が「疎隔」の解消に積極的ではなかったとしたら、健三の「義務」も保留になる。むしろ、「彼の性質」が「消極的な傾向」になかったとしても、「消極的」に振る舞うのが「義務」となることだろう。
 妻から見れば、「自分の父と健三の間にこれという程の破綻は認められなかった」(同79)と、語り手は語る。作者は、なぜ、この観点を不当に軽視するのか。作者が、健三の観点を、妻の観点よりも信用しているからだ。では、なぜ、作者は、健三を信用するのか。[妻の知らない出来事が健三と「父」の間で起きていた]と思っているからだ。「父」は、ときたま、「疎隔」を鮮明にする「義務」を感じ、健三を当惑させるような態度を取ることがあったのだろう。そして、その結果、健三の観点でのみ、「破綻」が生じることになる。この「破綻」について、健三は、妻に語ることができなかった。だから、妻の共感を得られない。
 「破綻」という言葉は、それ以前に友好的関係が培われていたような含みを持つ。この含みは、健三の錯覚でないとすれば、作者の願望による捏造だ。健三と「父」の間では、まだ、何も始まっていない。ところが、健三は、自分にとって不満足な状態を発見すると、[きっと、何かの失敗の結果だ]と思い込む。
 「だって何もないじゃありませんか」(同79)と、妻は言う。「裏面にその動揺を意識しつつ」(同79)と、語り手は惚けたように語る。妻は、健三と「父」の間には特筆すべき「何もない」のに、健三が一人で「動揺」していると指摘しているところだ。しかし、健三にとっては、「何もない」ことが「破綻」と映る。そして、そ の思いを、健三は表明できない。『道草』とは、健三にしか起きない、この「破綻」についての物語だ。あるいは、健三の言葉足らずの物語だ。
 作者は、『猫』執筆以前の自分の生活を素材にして、作家として成り立った現在でも払拭できない、言語的な無力感を表出した。作家としての能力の限界を、自覚しないまま、そっと乗り切るために、作家として誕生する時期の物語を自分に向かって語ることで、励ましとした。
//「父の態度」
  こうした懸け隔てのない父の態度は、動ともすると健三を自分の立場
 から前へ押し出そうとした。その傾向を意識するや否や彼は又後戻りを
 しなければならなかった。彼の自然は不自然らしく見える彼の態度を倫
 理的に認可したのであった。
                            (『道草』76)
 目眩がしそうなほど、難解な文だ。
 「押し出そうとした」という述語のために、主語として、「父の態度」を据えるのは、「父」の気持ちについて、作者が明示したくないためだろう。「父」を物語に巻き込まずに、「父の態度」だけを巻き込もうとするためだ。「父の態度」ではなく、「父」を主語にすれば、それが「父」の表現なのか、表出なのか、あるいは、健三の空想なのか、その辺りを区別しなければならなくなる。
 ここで、[「父」は「建三を」「前へ押し出そうとした」]と要約すれば、おかしなことになる。「父」が健三の背後に回り、かつて自分が立っていた位置に向かって健三を「押し出」すのだから。
 [「父の態度は」「建三を」「前へ押し出そうとした」]という文から、[「父」は動かず、「父の態度」が生き霊のように「父」の肉体から分離し、健三の背後に立って、「父」の肉体を目がけて、健三を「押し出」す]という情景が思い浮かぶ。この情景は、「父」の心の動きの比喩として成立するかのようだ。しかし、だからといって、[「父の態度」は、「父」が健三に意図的に示したものだ]と断定する根拠は、なさそうだ。この根拠の薄さに対する懸念が、「押し出そうとした」という、未発の行動を表す文として表出されるらしい。実は、「父」の心の比喩としてさえ、[「押し出」した]という事実はないはずだから、比喩としてさえ、記述できないはずなのだが、作者は、どうしても、否定したくないらしい。
 作者の現実否認の意図に従い、語り手は、奇怪な物語を語り続ける。
 [「押し出」す]という心理は、比喩としてさえ、未発なのだから、健三の心も、また、比喩としてさえ、「押し出」されてはいないはずだ。ところが、健三は、「その傾向を意識する」という。「その傾向」とは、「押し出」すという「傾向」ではない。「押し出そうとした」という「傾向」だ。どういうことか。
 例えば、[株価は、上がる「傾向」にある]という文は、株価が、日々、小刻みな上下動を繰り返しながらも、週や月の単位で見れば、上がりつつあるという判断を示している。これは、[株価は、上がりそうだ]という文と同値ではない。この文は、[株価は、上がる「傾向」にある]という文を含むが、同時に、[株価は下がる「傾向」にあるが、そろそろ、底を打って、上がってもいい頃だ]という予測を示す場合がある。そして、この文は、[株価が上がることを期待する]という文と同値ではない。予測と期待は、似て非なるものだ。
 [「押し出そう」という「傾向を意識する」]というとき、その「意識」の中身は、判断なのか、予測なのか、期待なのか。
 「父の態度」というものが、健三を小刻みに押すらしい。しかし、「押し出」すには至らない。そのような状態を思い浮かべるべきか。ちくちくと、苛まれるような感触。しかし、その感触が「父」に起因するとは、思えない。「父」は、「押し出」し気味にしておいて、健三の反応を見ているのか。見ていない。見ていれば、健三は、反応を示すことができるし、また、示す「義務」(同79)もあると言えばあるようだ。あるいは、「消極的」な健三は、この「義務」が「父」から課される瞬間を夢見ているのか。しかし、「彼の性質はむきでもあり一図でもあった」(同79)ために、その希望を表明することができなかったのだろう。
 ここでは、[「父」には健三を「押し出」す意図があると、健三は仮定する]とか、[健三は、「父」に「押し出」してもらいたがっている]といった、健三の気持ちが、「父」に投影されているのだろう。だが、語り手は、健三の心理的偽装をコピーしたまま、語り続けようとしたため、「押し出そうとする」の主語に「父」を据えることができなかった。実は、「父」の意志が作用したのか、しなかったのか、あるいは、そもそも、「父」に何らかの意図があるのか、ないのか、そうしたことさえ、作者には、明確には設定できないらしい。
 「押し出そうとした」という言い回しには、少なくとも二重の比喩が用いられている。一つは、[「押し出そうとした」かのようだ]というもので、もう一つは、[「押し出」すようだ]というものだ。これらを合成すると、[「押し出」すようなことをしたかのようだ]という記述になろう。
 主語が「父の態度」という抽象的な言葉である以上、[「押し出」す]という言葉が比喩的になるとしても、仕方がない。だから、このことは、それだけでは、どうと言うこともない。だが、[「父」から分離された「父の態度」は、「父」の表現であるかどうか、分からない]としたら、「父の態度」に何らかの刺激を受けたとしても、健三が的確な反応を示すことは、困難だろう。もし、何らかの反応を示したとしても、その反応は、「父」にとっては、「超えてはならない階段を無躾に飛び越すようにも思われた」ことだろう。
 健三を「押し出」すために、その背後に立つはずのものは、「父」や「父の態度」というよりは、健三に由来する何かであると考えるのが妥当だろう。[「父の態度」によって呼び覚まされた、健三の印象]が「父」に由来するものと誤解され、その誤解によって健三の「態度」が形成される。そんな段取り。
 [実体としての「父」→「父」の健三に対する思惑→「父の態度」→「父の態度」に対する健三の誤解→「父」の思惑に対する健三の思惑→健三の「態度」→実体としての健三]という流れを想定した場合、作者は、いくつかの局面を省略しているはずだ。
 「その傾向を意識するや否や」という言葉を見れば、「その傾向」は明瞭な事実とは言えないようなものだということが分かる。明瞭な事実について、わざわざ、「意識する」という言葉を遣う必要はないからだ。つまり、「その傾向」は、健三が、勝手に作り出した空想に過ぎない。
 よって、ここに、[「父の態度」は、健三を「押し出」す]という状況はないと考えるべきだ。[「父の態度」は、健三を引き付ける。そのとき、誰かに背中を押されるような気がする]とでも記述されそうな状況なら、あったのかもしれない。勿論、この場合でも、[誰かが、健三の背中を押す]という比喩が必要になる。
 「前へ」という言葉は、象徴的だ。「前」とは、勿論、心理的な意味で用いられている。[健三と「父」は、常に、対面していた]と想定する理由はないからだ。もし、「前」という位置が「父」の立つ場所を指しているのなら、「前へ」ではなく、[「父」へ]と書ける。実在の「父」が、「前」という言葉によって象徴される何かの具象的な表れと見做されたとき、作者は「前へ」という表現を引き寄せるはずだ。
 「前」とは、[「懸け隔てのない父の態度」が作り出すべき空間の象徴だろう。実在の「父」は、健三にとっての「前」という空間を、「父の態度」によって形成する主体と見做されている。しかし、「父」は、その主体として機能しない。この機能不全の状態を、健三は「不思議な現象」と呼ぶらしい。健三は、自分の対人関係の不全の原因を「父」に由来する何かだと想定し、そして、「不思議」がっているわけだ。勿論、[「父」にも、妻にも、何の原因もない]と想定する理由はない。しかし、健三がやっているらしいことの不気味さに比べれば、桁が小さい。
 ここで、「父の態度」を、健三の空想でもなく、「父」の表出でもなく、明示されてはいないが、[「父」が仄めかした何か]だと仮定しよう。しかし、その場合でも、健三は、仄めかしの内容を的確に受信したとは記されていないから、仄めかしの事実だけを感知し、仄めかしの内容を考慮せずに、あてずっぽうで反応すれば、その反応が「父」の期待に適う可能性は小さい。いや、「父」が仄めかして見せただけなのに、健三が仄めかしによって応じるのではなく、明らかな反応として示せば、その反応の仕方そのものによって、その反応の内容がどうであれ、「父」の期待に反することになる。つまり、健三の素早さそのものが、「横着」(同73)とか、「稚気」(同73)と見做されることになる。
 とにかく、「父」は、健三の反応に違和感を覚えたらしい。そして、[ちょっと待ってください]という気持ちになった。だから、健三は、「後戻り」をする。
 あれ? [後ずさり]の誤記じゃないの? 
 健三は、一歩でも「前へ」出たろうか。[健三は、「前へ」出た]とは、記されていない。「父」は、健三を「押し出そうとした」が、「押し出」してはいない。「押し出」されてもいないのに、健三は、「前へ」出たのか。「押し出そう」という「傾向を意識する」ことが、「前へ」出る契機になったのかもしれない。いや、ならない。「意識するや否や」と書かれているから。しかし、「後戻り」するからには、「意識する」前に、「前へ」出ていなくてはならない。いつ、出たのだろう。「押し出そうとした」時点と、「その傾向を意識する」時点との間で、「前へ」出たとしか考えられない。すると、次のようなことが起きているわけだ。
 [「父」が健三を「押し出そうとした」ら、健三は「前へ」出た。出たのに、出たということを「意識」しなかった。その後、「父」が「押し出そうとした」という、「その傾向を意識するや否や」、健三は「後戻りをした」]
 もし、そうだとすると、「前へ」出た健三について、作者も「意識」していないか、あるいは、故意に省略したことになる。「意識」していないとしたら、「後戻り」という言葉は出てこないはずだ。では、省略したのか。省略したとしたら、その意図が不明だ。
 「意識」するでもなく、しないでもないような、夢現つの状態に、健三も、そして、作者も陥っているのだろうか。そして、その間、健三は、「懸け隔てのない父の態度」という象徴的な空間にいて、時間を忘れて遊んでいたのだろうか。健三は、うっとりとしていた。その様子を、「父」は、不気味なものとして見詰める。健三には思い出せない時間があって、そして、不意に我に返る。訝しげに自分を眺める「父」と目が合う。健三は、はにかみ、あからさまに身を引く。
 このような健三の一連の「態度」は、「父」には「不自然らしく見える」ということを、健三は承知している。だが、その「彼の態度」は、健三にとって、「自然」なものだ。「自然」というのは、癖とか持病と同じようなニュアンスだろうか。もし、「彼の自然」のままに健三が振る舞い、「懸け隔てのない父の態度」という象徴的な空間と現実の空間を混同し、「横着」にも、「超えてはならない階段を不躾に飛び越」(同73)えて、健三が「父」に抱き付いたりしたら、そりゃあ、もう、大騒ぎさ。だから、「彼の自然」は、「父」には「不自然らしく見える」唐突な「後戻り」を、「倫理的に許容した」わけだ。「父」も、ほっとする。だから、「彼の態度」は平凡なものとして、通用する。ところが、健三は、「彼の態度」を「許容」するために「倫理」という言葉を引き寄せなくてはならない。
 健三は、「父」との関係において、「許容」されたいはずだ。また、「許容」されてもおかしくないはずだと思う。「懸け隔てのない父の態度」を目の当たりにすれば、そう思うのは当然だろう。ところが、その「父」が「超えてはならない階段」を設けるようなので、健三は混乱する。そして、可能性において「許容」されるべき自分を、「倫理的に許容」することで、整合性を得ようと試みる。
 「父」は、健三に対して、招くようで拒むような態度を示す。健三は、苛立つ。そんな「健三の稚気を軽蔑した」(同73)と、健三は感じる。「父」は、健三をいたぶっているのか。多分、そうではない。健三は試されているだけだ。そして、なかなか、合格しない。そうした事態だということを、健三は理解できず、二重拘束状態を作り出し、苦しむ。
  自分はこの世界のどこかの主人公であるべき資格を有しているらしい。
 それにもかかわらず、円満の発達をこいねがうべきはずのこの世界がか
 えってみずからを束縛して、自分が自由に出入りすべき通路をふさいで
 いる。三四郎にはこれが不思議であった。
                            (『三四郎』4)
 三四郎の「不思議」は、健三の「不合理」だろう。健三は、「不合理なことが嫌い」だ。「嫌い」な事態に「不合理」を発見して、一息付くのが健三の癖だ。
  して見ると沙翁の句は一方において時間を煎じ詰め、一方では空間を
 煎じつめて、そうして鮮やかに長時間と広空間とを見せてくれておりま
 す。あたかも肉眼で遠景を見ると漠然としているが、一たび双眼鏡をか
 けると大きな厖大なものが奇麗に縮まって眸裡に印するようなものであ
 ります。そうしてこの双眼鏡の度を合わしてくれるのが即ち沙翁なので
 あります。これが沙翁の句を読んで詩的だと感ずる所以であります。
  ところがデフォーの文章を読んで見るとまるで違っております。この
 男のかき方は長いものは長いなり、短いものは短いなりに書き放して毫
 も煎じ詰めた所がありません。遠景を見るのに肉眼で見ています。度を合
 わせぬのみか、双眼鏡を用いようともしません。まあ知慧のない叙法とい
 ってよいでしょう。あるいは心配して読者の便宜をはかってくれぬ書き
 方、呑気もしくは不親切な書き方といっても悪くはありますまい。もしく
 は伸縮方を解せぬ、弾力性のない文章と評しても構わないでしょう。汽車
 電車は無論人力さえ工夫する手段を知らないで、どこまでも親譲りの二
 本足でのそのそ歩いて行く文章であります。従って散文的の感があるの
 です。
                       (『文芸の哲学的基礎』)
 Nは、何としても、「詩的」文学を拵えなければならなかったらしい。「伸縮方」を用いて、文を延ばしたり縮めたりしなければならなかった。「地道に御拾いで御出でになる文章」(同)を認めるとき、何が表出されるか、薄々、感じていて、そうした「文章」が出現することを極度に恐れていた。そのせいで、私から見れば、「心配して読者の便宜をはかってくれぬ書き方」になり、「弾力性のない文章」ができたとしても仕方がないと思ったのだろう。
 さて、「知慧のない」私は、「御拾い」で進もう。
 「父」は、持ち前の「懸け隔てのない」性格から、健三の接近を許していたが、別段、彼と親しく交際したいとまでは思っていなかったから、常に一線を画していた。あるいは、もっと接近したいと願っていたとしても、彼の階級の作法としては、過剰な親密さは退けられねばならなかった。だから、もし、その一線を越えようと健三が思うのなら、「父」の複雑な心理、洗練された作法を想定した上で、優雅に越えるのでなければならなかった。「懸け隔てのない父の態度」は、「父」の特性ではなく、彼の階級に属する人々にとって、払うべき心理的犠牲の一つに過ぎなかった。要するに、「父」は、建三の接近を、ある程度は許しても、結局は拒んでいた。このことは、あらゆる交際において、「倫理的に」「自然」なことだ。ところが、建三は、「父」が画した一線を、自分が引き直そうと思いさえすれば勝手に引き直せるものと勘違いして、うろうろしていた。「父」は頼まれもしないのに、建三の手助けをする気はないから、[へえ、面白いことをする人だな]と思いながら、黙って見ていた。「軽蔑」しているのではない。「父」は、誰かを「軽蔑」したことなどない。少なくとも、そのつもりだ。もし、[他人を「軽蔑」している]と詰られたら、彼は自分の名誉のために、強く否定したことだろう。だから、たとえ、健三から、[「父」は、健三を「軽蔑」している]と思われているらしいと推測することはあっても、早手回しに、[「軽蔑」していない]などと弁解して、事を荒立てる気にはなれなかった。こうした事態であることを、建三は認めない。知らないのではない。階級間の「疎隔」を認めたくないからだ。階級間の「疎隔」を消滅させたいと希望するのは、健三の自由だが、そんなものはないかのように振る舞えば、誰しも、健三を不気味な人だと思う。健三の「稚気」は、建三自身の価値を貶めることにも成りかねないから、「父」がやんわりと彼を「後戻り」させるのは、一種の優しさだと言えよう。ところが、健三は、この優しさを、自分に対する、特殊な感情と、取り違える。
 夫婦間の不和の原因が階級間の「疎隔」にあることを夫が直視しなくても済むように、妻は「都合好く」「発作」を起こす。妻は、「病気」によって、階級間の「疎隔」を「緩和」するために、ただの哀れな病人になり、[人間にとって、階級の差など、ささやかなものだ]という印象を夫に与え、夫の劣等感を慰撫する。だから、妻の「父」も、ときどきは、「発作」ではないが、健三を安心させてくれるような「稚気」に満ちた言動を取ってくれないものかと、健三は夢想する。実際には、「父」がそのような性格の人間でないことは分かり切っている。だから、「発作」を起こさない「父」を、健三は責めない。しかし、[彼にとっては原因不明の違和感を解消するための「緩和剤」のようなものは、あって然るべきだ]という思いは、消えない。空しい希望が、健三を苛み続ける。
//「片付く」
 『道草』が隠蔽しつつ表出しているのは、次のようなことだ。
 健三は、養父と義絶する勇気を、義父から得たいと願う。実父の遺志は養父と対立的なものだが、健三は、実父に対して違和感を抱いていたので、[敵の敵は味方]という戦術を取れない。義父から心理的サポートを得るために、「妻」は尽力すべきだと、健三は思う。しかし、健三は、物質的に義父をサポートできないので、義父からの心理的サポートが得られないのかもしれないと考えて悩んでみたり、また、その考えを退けたりして、忙しい。
 『道草』において「片付く」(同102)ことがないのは、健三と「父」の関係だ。二人の「破綻」(同79)は、夫婦生活を舞台に、妻の「病気」(同78)として表出される。一方では、「世の中」(同102)の普遍性として、達観に似せて暗示される。


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