『いろはきいろ』タイトルバーナー 『いろはきいろ』

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#064[世界]24先生とA(14)「懐かしみ」

//「淋しい気」
 「淋しい」という言葉は、最初、Sの「態度」(6)に対する、語られるPの印象を表す言葉として、語り手Pによって、使用された。ところが、その印象を得たのと前後関係は不明だが、記述の時間としては、その後に、Pは「私はちっとも淋しくはありません」(7)と言う。
 Sの指摘が正しければ、語り手Pは、[語られるPは、「淋しい人間」(7)だったのに、そのことを自覚できなかった]という事実を、執筆時に発掘したということになるはずだ。
 あるいは、「淋しい位」(6)と書かれているから、[まだ、「淋しい」という状態ではない]という含みか。しかし、そうだとすると、[「ちっとも淋しくはありません」というときの「ちっとも」と、「淋しい位」の「位」は、背中合わせで同値だ]ということになる。だが、日本語では、そうはなるまい。
 「淋しくはありません」といった、Pの発言は、Sの指摘を受けたものだから、「淋しく」という言葉は、Sが語る「淋しい人間」というときの「淋しい]と同じ意味で遣われていると考えなければならないらしい。そうなると、語り手Pは、S語とP語を混用しつつ、その区別を明示していないことになる。極めて不親切な語り手だ。しかも、Pの聞き手Xは、あるいは、『こころ』読者は、この混用を、容易に読み解くことができるらしい。私は、疲労で倒れそうだ。
 Pは、Sからの情報不足のせいで、「淋しい」と感じている。これを式にすれば、[φ-P]となる。一方、Sは、Pの「来て下さることを喜んでいます」(7)と言うから、[S-P]を喜ぶが、[φ-S]を「淋しい」と言ってはいない。ただし、「今に私の方へは足が向かなくなります」(7)と言って、「淋しい笑い方」(7)をしたと、Pは語る。Pの見方では、Sだって、[φ-S]で「淋しい」となる。つまり、「淋しい]という心理について、Pの見方では、SとPの感覚は共通する部分もあるが、S語で「淋しい」という状態の一部を、P語では「淋しい」とは言わないということが表出されているらしい。
 情報不足を「淋しい」というのは、常識的な感覚だろうから、Sだって、そのように感じるはずだ。『こころ』で、話題になっているのは、そういう心理ではない。得られる情報が不足しているのではない。むしろ、それは、Sにしてみれば、情報過多の状態だ。この[多すぎるほどの情報の受け手がない]という状態を、Sは「淋しい」と定義するらしい。式にすれば、[S-φ]だ。これは、常識的でもあり、Pの見方でもある[φ-S]の「淋しい」と、どんな関係にあるのか。
 Sは、Kの死に纏わる事柄を、誰かに話したくて、うずうず、している。だが、誤解されそうで、話しづらい。この状態が[S-φ]だ。そして、Sの指摘によれば、Pも「淋しい人間」なのだから、[P-φ]に苦しんでいるはずだ。では、語られるPは、人に言えないような、どんな物語を隠しているのか。残念ながら、そんな物語は、ない。
 しかし、本当に、Pに[隠された物語]はないのだろうか。この疑問が、『こころ』を曇らせている。Pは、家庭の事情で苦しんでいるはずだ。そのことは、いくらでも表出されている。ところが、語り手Pは勿論、作者さえ、この事情を浮上させようとしているようには見えない。だから、『こころ』は、どことなく嘘っぽく、靄がかかっているように見える。Pの事情が浮上すれば、[Sの物語]にたどり着くことは、難しい。たどり着いたとしても、[Pは、家族から離脱したがっていた]ということが明らかになれば、[Pは、Sを利用している]という疑いを読者は持ちそうで、作者には、まずいのだろう。
 だから、[Pには、特に、語りたい物語はない]と考えなければならない。では、Pが「淋しい人間」であるわけは、一般論として、「現代に生まれた」からか。しかし、そうであれば、Sは、Pが「現代に生まれた」ことを疑うはずはないから、「ことによると貴方も淋しい人間じゃないですか」などと、持って回った聞き方をする必要はないはずだ。あるいは、この質問は、[「ことによると貴方も淋しい人間」だと自覚しているの「じゃないですか」]の略記か。
 「若い」(7)うちは目的が定まらず、力を持て余すから、あるいは、「異性と抱き合う」(13)ことができないから、「淋しい」という文は、一括して、[P-φ]と表すことができる。しかし、この状態を「淋しい」と言うのは、変だ。やりたい仕事がないとか、好きな異性がいないというとき、私は「淋しい」と思わない。「淋しい」のは、それらを失ったときだ。
 自分が語りかける相手のいないときの気分を、Sは「淋しい」と形容し、そういう気分が常態となった人物に、「淋しい人間」という称号を送るらしい。そして、「淋しい人間」は、当時の人々にとって不可避であるかのようだが、[自分が「淋しい人間」であることを自覚できる人は、少数だ]というようなことが仄めかされているらしい。仄めかしだから、まともに反論する訳にも行かない。ただ、「不得要領」(31)だ。だから、そこを突っ込むと、Sは「遺書」を書いて死んでしまう。Pにとっての「不得要領」がどうなったのか、分からない。ただ、私には、Sの態度は、「不得要領」だ。
 Sは、「淋しい人間」というよりも、Pを淋しがらせた人間だろう。Sは、[S-φ]を託つわけだが、Pは、Sについて、[φ-P]を託つ。『こころ』は、[Sは、Pや静やKに、何かを言えない]という仕掛けの物語だが、きっかけは、[Kや静が、Sに、本当のことを言ってくれない]ために、Sが苦しむことだ。つまり、物語の核は、[φ-S]だ。ところが、語り手Sはおろか、作者さえ、その物語を浮上させない。そして、[S-φ]として、語る。実際には、[S(φ-S)φ]なのに、[φ-S]を隠蔽し、[S-φ]として表示する。そんな屈折した表示しかできないような人物を、「淋しい人間」というのかもしれない。
//「拘泥る」
 [P文書]における、Sの「言葉」(4)の聞き手Pは、Sの「言葉」の不足を補うために、「二人の結婚の奥に横たわる花やかなロマンスの存在を仮定」(12)する。このとき、Pは、[Sの物語]の、空想上の語り手に変身している。この物語を、Sは、「恋は罪悪」(12)という言葉で、部分的にだが、否定したことになる。その後、Sは、「未来の侮辱」(14)を予言する。
 しかし、Sに対する、Pの「侮辱」は、すでに胚胎している。Pは、「恋は罪悪」だと「解っていますか」(129という、Sの質問に、「何とも返事をしなかった」(12)という。人の質問に答えないのは、「侮辱」の表現だ。しかし、Pは、そのようには記さない。また、Sも、そのうようには受け取らなかったらしい。この辺りから、彼らの言動は常軌を逸したものになる。私の目には、彼らは腹の探り合いをしているように見える。しかし、作者は、師弟の交歓を表現しているつもりなのだろう。
 「先生は苦笑さえしなかった」(12)/「私は答えなかった」(12)/「そんな風に聞こえましたか」(12)/「何とも返事をしなかった」(12)/「先生は私の言葉に耳を貸さなかった」(13)/「私は少し不愉快になった」(13)/「先生は私がこの問に対して答えられないという事も能く承知していた」(13)
 まるで敵同士だ。議論ではない。いくらかでも「尊敬]を与えている相手に対して、こんなふうに接する人はいないはずだ。語り手Pは、「侮辱」という、Sの予言が、前倒しで成就していることに気づかないのだろうか。あるいは、語られるSは、Pの「侮辱」を「今の尊敬」(14)という言葉で揶揄すると同時に、それを「未来」に延期したいと願って、呪文のように言葉を用いたのだろうか。
  あなたが私から余所へ動いて行くのは仕方がない。私は寧ろそれを希
 望しているのです。
                               (13)
 [「希望している」が、時期尚早]と、Sは教えてくれない。Pは、もう、「余所へ動いて」いるからだ。時期を問題にしても、無効だ。しかし、こうした表出を無視しながら、作者は、筆を走らせる。あたかも、Sは、Pを無視したり、情報遮断の状態に置くことによって、「淋しい人間」(7)に作り替えようとしているかのようだ。こういう扱いを受けながらも、Sを慕うPの気持ちは、健康とは言えない。たとえ、Sが後に「遺書」作者となることが分かっていたとしても、Pは編集者ではないのだから、Sの調教に耐える必要はない。また、調教に耐える代わりに、Sを「侮辱」する権利が生じるわけでもなかろう。
 「尊敬」(14)の仮面を被った「侮辱」は、やがて、「何とかいって一つ先生を遣っ付けて見たくなって来た」(30)というように、剥き出しになる。勿論、Pも、また、作者も、そのことを認めない。[認めない]と明示するのでもない。
  その時の私は腹の中で先生を憎らしく思った。肩を並べて歩き出して
 からも、自分の聞きたい事をわざと聞かずにいた。
                               (30)
 Pは、[Sの物語]について、[φ-P]となるが、[P(φ-P)S]を作れないので、[P(φ-P)φ]を作り出し、[P(P(φ-P)φ)S]とする。ところが、Pは、[Sは、Pの「態度に拘泥る様子を見せなかった」(30)]という。ここで、Sが「拘泥る」ためには、Sは、Pの「態度」に「気が付いて」(30)いなければならない。だが、そのことは、Pには判断できない。だから、「拘泥る」という話題に進むのは、暴走だ。まして、「先生を遣っ付けて見たくなって」実行するのは、飛躍だ。[P(P(φ-P)φ)S]は失敗し、[P(P(P(φ-P)φ)S)φ]と自己増殖する。Pの不満は、いつか、爆発することだろう。そのときになって、初めて、「淋しい人間」Sは、Pの「侮辱」に気づくことだろう。「淋しい人間」は、他人の淋しさに鈍感だ。しかし、他人の「侮辱」には敏感だから、Pの「侮辱」があからさまな形を取る前に、慌てて「遺書」を書き終え、お隠れになる。勿論、この経緯は、Sの企画によるものではない。作者の企画だ。
 Pは、危なっかしい暴走と飛躍の結果、Sと対等の会話の相手ではなく、[Sの物語]の「真面目」(31)な聞き手として格付けされる。[Sの物語]は、[P文書]から「遺書」へと文脈を替え、語り手が、PからSへと交替する。あたかも、聞き手Pのゆかしい気分が暴走し、語り手Sの語りたい気分に変換されるかのようだ。『こころ』作者の企画では、このとき、[Sの物語]の過激な読者Pが、「遺書」作者Sに変身することになる。
 [Sとは、何者か]と言えば、語られるPにとって、「もう少し濃かな言葉を予期し」(4)ながら、「物足りない返事」(4)しか与えてくれないような語り手だ。勿論、Pの不満は不当だ。なぜなら、Pの「予期」する「言葉」は、どういうものか、誰にも分からないからだ。語られるPに分からないから、Sに分かるはずがない。語り手Pが明示しないから、Xに分かるはずがない。語り手Pは、Xに対して、語られるPがSに対して感じたのと同質の不満を味合わせている。そうすることで、Xを調教している。Pは、語り手となることで、語り手Sと同質の存在になった。
  私は時々笑った。あなたは物足なそうな顔をちょいちょい私に見せた。
 その極あなたは私の過去を絵巻物のように、あなたの前に展開してくれ
 と逼った。私はその時心のうちで、始めて貴方を尊敬した。あなたが無遠
 慮に私の腹の中から或生きたものを捕まえようという決心を見せたから
 です。
                               (56)
 Sは、聞き手に何を要求しているのか。「無遠慮に私の腹の中から或生きたものを捕まえようという決心」だ。このとき、聞き手は、[Sの物語]の発掘者だろう。
 「私の鼓動が停った時、あなたの胸に新らしい命が宿る」(56)という企画の意図は、[聞き手Pが語り手Pになったとき、作者は、語り手Sを始末する]ということだ。
 Pは、あたかも、[Sの物語]を執筆するために、取材目的で、Sに接するかのようだ。このPは、Sを「研究」(7)しない。虚心に、材料を収集している段階だ。Sは、そのことを知ったうえで、Pを、自伝のゴウスト・ライターに仕立て上げようとしているかのようだ。そして、その試みが成功したとすれば、「遺書」は、Pの虚構なのかもしれない。
 Pに紹介されてSが登場する過程は、語り手Pが語り手Sにバトン・タッチする過程の予習だろう。物語の主役が変わるわけではない。また、SがPの人生を変えたわけではない。勿論、PがSの人生を変えるわけでもない。彼らの交際は、彼らのそれぞれに、特筆すべき変化を齎さない。Sは、Pに、[Sの語る/Sの物語]を齎すが、だから、どうという話はない。Pは、Sの「遺書」を読んで感動したとも、得したとも、また、その逆のことも、とにかく、何も書いていない。まるで、何の感想もないかのようだ。まるで、自作についての評価を差し控える著者の態度だ。あるいは、感動が大きすぎて、一句も、一字も記せないような状態を表現したつもりか。
 SがPに残したのは、[Sの語る/Sの物語]以外の[Sの物語]を起動させないための禁忌だ。この禁忌の形成こそが、作者の企画だろう。作者は、『こころ』によって、理想的な読者像を獲得する。あるいは、調教する。その読者とは、過激な読者だ。過激な読者は、書かれた言葉以外の情報を発掘する。発見する。発明する。偽造する。捏造する。そして、想像したと主張する。
 作品の「中から或生きたものを捕まえよう」とする。しかし、そんなものなど、どこにもない。なくても、かまわない。大事なのは、その「決心」だろう。いや、「決心を見せ」ることだ。読者は、演技者になる。つまり、過激な読者は、単純に読んでいるのではない。聴衆が講演者に示すような激励を示しつつ、読む。そんな読者の像を獲得できそうな幻想に、誰かが酔う。
 明智小五郎と小林少年が生きる、虚構の空間に、少年探偵団がある。私達の空間にも、少年探偵団はある。手帳とか、バッジとかも、ある。しかし、恐るべき怪人は、いない。怪人はいないから、探偵の出番はない。この世の少年達は、薄々、気づいている。探偵がいないから、怪人もいないのだろう、と。
//「懐かしみ」
  石童丸は御覧じて、「それがしお山へ上り、けふ七日にて、いかほどのお
 聖様に会ひ申せども、御身のやうなる、心優しき、涙もろきお聖様には、今
 が初めでござあるの。父の在り所を、御存じあつたる風情と見えてあり。
 教へてたまはれお聖様」。父道心はきこしめし、さても賢きあの子にて、父
 よと悟られては大事とおぼしめし、まづ偽りを御申しある。
                           (『かるかや』)
 [懐かし]という語は、[馴れ着く]を縮めて[懐く]となり、それが形容詞化したものだ。だから、本来は、[親しい]という意味で使われていたが、中世以降、[懐古の情]として使われるようになった。そんなことが、日本語の辞書には書いてある。
 三四郎が広田に抱く「なつかしさ」(『三四郎』7)は親しみのようだが、PがSに抱く「懐かしみ」(4)の意味は安定しない。Sについて、「見た事のある顔の様に思われてならなかった」(2)と記されるとき、それは明らかに[再会の気分]なのだが、[初会の物語]は、ついに、語られない。
 Sに対する、Pの「懐かしみ」は、どのようにして湧出するのか。
 まず、考えられるのは、Pが「疑った」(3)とおり、[二人は実際に会ったことがあって、両者とも思い出せないのだが、Pの方にだけ、微かな印象が残っている]という事態だ。一般的に、年長者は年少者のことを覚えていないものだから、[PはSのことを何となく覚えていて、SはPのことを忘れている]というようなことが起こっても、おかしくはない。だが、そういう話はない。
 次に思いつくのは、もっとありふれていて、[Pは、Sを見かけたことがあるが、そのことをはっきりと思い出せない。Sは、自分がPに見られていたことに気づかなかった]というものだ。この場合、「人違」(3)ではない。
 その次に、思いつくのは、『趣味の遺伝』(N)のようなことだろう。この場合、Pは、Kの転生か。
  知っている 私…… 私 この人を知っている! ─でもなぜ知ってる
 の 会ったことのない人なのに (中略)ずーっと昔に…… 昔!? 昔ってい
 つ? 子供の頃? いや違う もっともっと昔! ─そんな昔のこと どうし
 て若い私が…… ……生まれる前…… 生まれる前のことなの? 
          (永井豪とダイナミックプロ『デビルマンレディー』)
 異本のヒロインが、原典のヒーローと出会う場面だ。なぜ、「私」は、「この人を知っている!」と断言するのか。その理由は、最終回までのお楽しみ。永井のキャラクタは、手塚治虫でもそうだが、テキスト間で互換性がある。Nの場合も、ある種の互換性があるかのようだ。例えば、[広田:三四郎=S:P]
 次に、考えられるのは、語り手Pと語られるPの時間が未分化である場合だ。作者は、語り手Pと語られるPを区別できず、語られるPが[Sの物語]の概要を知っているかのように描いてしまう。勿論、語られるPは、「遺書」を読んではいない。そして、面白いことに、というか、作者の事情としては当然のことだが、語り手Pも、まだ、「遺書」を読んでいない。だから、語り手Pと語られるPは、容易に混同される。
 この考えを、緩やかに拡張しよう。執筆時のPは、生前のSに再会しているように感じていた。語られるSは、当時のSそのままの人ではない。Pが「呼び起す」(1)ことによって出現するSだ。Sは、自分が呼び起こされた存在だとは知らない。また、「若い」(3)と強調されるところの、語られるPも、[目の前のSは、未来のPが呼び起こした存在だ]とは思わない。しかし、語り手Pは、語られるPが「見たように思う」(3)ことまでは消せなかった。[再会の気分]を愛でたからだ。語り手Pのものであるはずの[再会の気分]が、語られるPに投影される。しかし、語り手Pは、そのことに気づかない。あるいは、無視する。
 あるいは、[Pの「友達」(1)は、若いSに似ていた]というのは、どうか。「友達」に降りかかる物語、「母が病気だから」(1)とか、「勧まない結婚」(1)といった物語は、Sと従妹の縁談から静ママの死に至る「遺書」のダイジェスト版だと言えよう。伏線と言えるほどのものではない。この挿話は、「須永の話」(『彼岸過迄』)に似ている。「友達」というのは、須永のことかもしれない。
//「淋しい人間」
  あの頃は、昼間遠いところで鈍い狼煙がよくあがっていた。あの狼煙が
 人気のない家の中を一段と腰が抜けたものにしていた。そんな狼煙も懐
 かしいが、その頃の私の気管支のヒーという音色も懐かしい。懐かしさつ
 いでに畳の上に落ちている女の長い髪の毛を釘に掛けて、引っ張ってい
 る、そんな私を思い出してくる。もう、ここまでくれば、なにかしたがって
 いる私も寂しい人ではなくなっているのだった。シーンと暗い畳表を、
 チョッと飛んではピタリと止まり、また、チョッと飛んではピタリと止ま
 る、これが雀。弛んだ風に吹かれている鳥は浮いているように動かない、
 これは鴉。
                       (土方巽『病める舞姫』5)
 [懐旧の情]としての「懐かしさ」は、ある欠如の感覚としての[寂しさ]が回復されたときに生じる快感だろう。そして、[寂しさ]が恒常化し、その由来の物語が復帰しそうにない状態に陥った人を、「寂しい人」とか、「淋しい人間」(7)というのでないか。
 Pは、「私はちっとも淋しくはありません」(7)と主張するが、Sは、「あなたは私に会ってもまだ淋しい気が何処かでしているでしょう」(7)と推断する。Sの指摘が正鵠を得ているとしたら、Pは、Sに会う前から「淋しい」と感じていたことになる。そして、Sに会って、その淋しさが解消されたので、「懐かしみ」(4)を覚えた。すると、「見た事のある顔の様に思われてならなかった」(2)のは、Pの「人違」(3)ならぬ、勘違いだったという話になる。
 こうした解釈は、あまりにも平板だ。Pの「淋しい気」が「友達」(1)に置いてけぼりを食わされたときに、初めて起きたのなら、Pは、その「友達」を尋ねるべきだろう。Sは、「貴方は外の方を向いて今に手を広げなければならなくなりまず」(7)と予言するが、Pの対象が「友達」なら、こんな予言は、わざとらしいものだ。勿論、ここで、未来のPの対象は女性だとされている。だからと言って、ここでは、[「淋しい気」は、「友達」やSでは消せないが、女性なら消せる]といった話が進行しているわけではない。話題は、「淋しさ」の「根元」(7)で、それを「引き抜いてあげるだけの力」(7)が、どうたらこうたら。
 Sによれば、「淋しい気」がするのは、「若い」(7)からだという。ところが、Pは、「私は若かった。けれども凡ての人間に対して、若い血がこう素直に働こうとは思わなかった」(4)と記す。だから、「若い血」と「淋しさ」の「根元」に関係があるのではあるまい。
 「淋しさ」が欠如の感覚だとすれば、若さとは、何かを失いつつある状態だろうか。そして、何かが失われつつあることに、本人は気づかず、その欠如を埋めるために、「若い血」がどうかなるというのだろうか。では、Pから、何が失われつつあるのか。家族への信頼か。しかし、Pが家族への信頼を失いつつあるとしても、その不足は、Sによって埋めなければならないような性質のものなのだろうか。むしろ、家族との齟齬は、Sとの邂逅後に生まれたのではないか。この問題は、難しい。表現と表出が矛盾しているようだからだ。表現としては、Pは家族とうまくやっている。しかし、表出としては、そうでもない。この矛盾を解消するためには、「両親と私」という挿話は、[語られるPには、語り手Pにさえ自覚できない、家族への不信感が根強くあった]という物語だと解釈しなければなるまい。すると、危篤の父を置いて上京したPは、父への反感を表したことになる。つまり、父とSの二つの看取りにおいてPが迷ったのは、建前と本音の問題に過ぎないことになる。勿論、そうではない。しかし、そうではないと断定できるほど、大きな根拠もない。だから、難しい。
 「淋しさ」の「根元」は、「懐かしみの根」(30)と繋がっているのだろう。そして、[P文書]は、[「淋しさ」の「根元」を掘ると、「懐かしみの根」が出て来る]ような物語を隠しているのかもしれない。[「他の懐かしみに応じない」(4)Sに対する、Pの「懐かしみの根」を這い上がると、そこは、Pの「淋しさ」の「根元」だった]みたいな。そして、その「根元」から上を望むと、[「淋しい人間」の物語]が見える。これがSの「遺書」だ。Pの感傷が、いつの間にか、[Sの物語]にすり替わる。このドラマが、『こころ』だろう。[聞き手の出来合い感情が、語り手に物語を語らせる]と言ってもいいのかもしれない。
 作者は、「遺書」を始める前に、Pを「遺書」読者代表として、調教する。
  芸術が繁盛するのは芸術家と享受者の間に趣味の一致があるからだろ
 う。君がいくら新体詩家だって踏張っても、君の詩を読んで面白いと云う
 ものが一人もなくっちゃ、君の新体詩も御気の毒だが君より読み手はな
 くなる訳だろう。鴛鴦歌をいく篇作ったって始まらないやね。
                             (『猫』11)
 「作ったって始まらない」って、どういう意味だろう。「作った」ら、終わっているはずだ。「作った」後に、何かが始まらないとしても、そんなことは、予め、分かるわけがないから、詩人は作り始めてしまうのだろう。
 人は、広野でも叫ぶ。孤立しているからこそ、送信を試みる。無視されるかもしれない挨拶には、「趣味」どころが、中身がない。発破を仕掛ければ、誰もいないと分かっていても、[退避せよ]という警告が何度も発される。具体的な受信者の不在は、送信を無意味にしない。送信そのものが、送信者にとって価値のある行為だからだ。詩を書く詩人は、「鴛鴦歌」を作るために、「鴛鴦歌」を捧げるべき相手の前から書斎へと退避する。「鴛鴦歌」を捧げる相手がいなくても、「鴛鴦歌」は作られる。作りたいから作る。このことを否定したら、芸術もへったくれもあるまい。苦沙弥は、おかしなことを主張している。あるいは、ここで、苦沙弥は、作者によって笑われているのか。
 送信者と受信者の間に「趣味の一致」があるから、「面白い」と感じるのではない。「趣味」は、受信後に生まれたり、生まれなかったりするものだ。
 私は、ひどく無駄なことを書いているようだ。私は、ひどい誤読をしているのかもしれない。だが、どういう誤読なのか、見当もつかない。
 言葉がある厚みを持つと、[送信者/受信者]が立ち上がる。例えば、[儲かりまっか]という文の送受信者が対等の関係にある関西商人だということは、多少、日本語を知っている人には、常識だろう。勿論、実際には、彼らは関西商人ではないという事態もある。しかし、そのときでも、彼らは関西商人を演じていると見做される。私達は、読者を特定せずに書くとき、この幻想の読者に向かって書いていると言える。いや、書きながら、読者を、発見するかのように、想像している。だから、自分から見ても支離滅裂のことを書くのでない限り、幻想の作者は、幻想の読者を、幻想の時間において、確保している。幻想の読者の発見は、同時に、幻想の作者の再発見でもある。書くという仕事は、それに独白を含めてもいいが、生活の場面にはみ出しはしない。また、はみ出す心配がないからこそ、書くことが選ばれる。
 この体験は、架空の読者の調教とは、根本的に異なる。架空の読者は、実在の読者に置き換え可能だ。と言うよりも、実在の読者への置き換えを意図して、設定されるのだろう。文学部の教授が文学部の学生に文学の享受法を教え込むようなことは、作者にはできない。もし、できると考えるのなら、このとき、作者は、実は、書いているというよりも、語っているのに近い。話し言葉を文字に置き換えているようなものだ。作者は、[話し言葉が書き言葉に置き換わる過程を逆に辿れば、読者が生身の聞き手に置き換わる]といった勘違いを起こしているのかもしれない。この過程を逆に辿ることはできない。
 逆に辿れると勘違いしている人が、[読み聞かせ]などをするのだろう。自分が暗唱していない言葉を子供に聞かせても、子供は納得しない。そのことは、子供の様子をちらりとでも眺めれば、即座に感知できるはずだ。文章の内容についての理解とか、支持ということは別にして、まず、その文章を覚え込まなければならない。暗誦できる言葉でなければ、本当は、誰にも通じない。社会を維持するために通じたふりをせざるを得ない場面があるだけだ。文字は、声に戻せない。戻せたような気になることはあるが、そんな気になるだけでも、大変な努力が必要になる。
 SがPに求めているのは、具体的な作業としては、「遺書」の暗誦だろう。「宿る」(56)とは、物語がいつでも「呼び起す」(1)ことのできるような「記憶」(1)として定着することだ。そして、暗誦することだ。こんなことは、詩人なら、誰でも知っているはずだ。しかし、そのことに、作者は気づかない。だから、文体は、語ることと書くこととの間でぶれ続け、安定しない。作者には、声に対する、恐怖に近い不信がある。そのことと人間不信は、無縁ではない。
 幻想の読者は、永遠に幻想のままだ。幻想の作者も、作家には成り下がらない。いつまでも、宙に浮いている。私の手が動いて言葉を並べたとしても、それは私が書いたものではなく、幻想の作者が書いたものだ。言葉が書いたものだ。もし、生身の私が社会的責任を問われるとしたら、書いた罪によってではなく、発表した罪によってでなければならない。作者に、罪は問えない。罪は、刊行者にしかない。作者に罪があるのなら、読者は共犯者だ。
 語りの場では、語り手と聞き手は、常に共犯者だ。しかし、作者と読者の間に共犯関係は成り立たない。ある本を読んだだけで、褒められたり、けなされたりしては、困る。しかし、語りの場では、語り手の主張が気に入らないのに、ブーイングもせず、黙っていたら、聞き手は同意を示したことになる。気に入ったのに、拍手をしないでいたら、語り手は話を途中で止めてしまうかもしれない。そうなったら、その責任の一端は、聞き手にある。何かをしても、しなくても、その場にいるだけで、責任が問われる。上演中に一人だけ立ち上がる観客は、上演を妨害していると見做される。多くの観客が立っているときに立たないのは、不満の表現と見做される。[自分だけは、別]と思っているのは、スパイのような人だ。
 読書においては、誰もがスパイだ。作者は、読者が「研究的に働らき掛け」(7)るのを拒めない。作者と読者を「繋ぐ同情の糸は、何の容赦もなく」(7)、ぷつぷつ、切れる。Sは、「冷たい眼で研究されるのを絶えず恐れていた」(7)から、「遺書」に逃げ込んだのかもしれないが、全くの誤算だ。話し言葉は、その場で消え去るが、書かれた言葉なら、作者の期待するような共犯的な受信者でなくても、ゆっくりと「研究」し、好き勝手にいじり回すことができる。
 『こころ』は、[語られるPの「懐かしみ」を起点に、Sの「寂寞」(107)を経由し、語り手Pの「懐かしみ」の「記憶」(1)へと回帰する]という、自分の影を踏むような物語だが、その前半の[P文書]は、語られるPが「遺書」読者としてSに調教される過程であると同時に、『こころ』そのものが読者を調教するための教則本でもある。
 Pは、「淋しさ」が「懐かしみ」によって、いくらか回復されたわけでもないのに、いつかは回復されるはずだと信じ、Sに接近する。しかも、そのとき、「淋しさ」を自覚していないという。Pには、動機がない。わけも分からず、まるで、花婿修業のように、「恋に上がる階段」(13)が設置され、「人間を知る」(110)技能を、Sに教え込まれる。[S越え]をしなければ、立派なおとなになれませぬったって、Sが立派なおとなかどうかという問題は永久にアンタッチャブルだとしても、どうせ、死ぬんじゃないか、Sは。だったら、生きてさえいれば、誰もが勝ってるよ。
 Pが[「淋しさ」を自覚する物語]は、[まだ/ついに]語られない。本当は、「淋しさ」は回復されないどころか、自覚されてもいないからだ。「懐かしさ」は、語られるPの勘違いか、語り手Pの勘違いだ。そうでなければ、作者の夢か。
 鎌倉の海岸で、「その中に知った人を一人も有たない私も、こういう賑やかな景色の中に裹まれて、砂の上に寐そべって見たり、膝頭を波に打たして其所いらを跳ね廻るのは愉快であった」(2)のに、自覚できない「淋しさ」があって、同病相憐れむかのように、「淋しい人間」Sを発見(2)したというわけか。
 いや、そのようには記されていない。「私が先生をすぐ見付出したのは、先生が一人の西洋人を伴れていたからである」(1)という。「彼等の出て行った後」(2)で、「どうも何処かで見た事のある顔の様に思われてならなかった」(2)ので、不確かな記憶を確かめることが目的であるかのように、PはSに接近する。Pは、「最後に私は先生に向って、何処かで先生を見たように思うけれども、どうしても思い出せないと云った」(3)ことになっていて、「最後に」という言葉を、[最終的な目的]という含みに取れば、[既視感によって、PはSに接近する]という物語になる。
 「懐かしみ」という言葉が既視感と親しみに分裂したまま、物語は進行する。[既視感の物語]は、その根拠が問われないまま、霧散する。[親しみの物語]は、[「淋しい人間」の物語]の導入部に変身する。
 PがSを選んだ理由は、SがP以外の人間に選ばれない理由と同様に、明らかにされない。このことは、裏返せば、簡単に説明できそうだ。つまり、物語の内部の論理では、PがSに接近する理由もなく、SがPを必要とする理由もないからだ。理由は、作者にしかない。
 作者にとってPは必要だが、物語の展開には必要ではない。どういうことか。作者の企画は、語り手Pが冒頭から提示しているように、[Sの物語]を記すことにある。しかし、[Sの物語]の、本格的な語り手は、Pではなく、Sとして設定されている。そのことは、「私にはあなたに話す事の出来ないある理由」(6)があるという、Sの台詞に暗示されている。Pは、[Sの物語]に特別の影響を与えない人物として設定されているはずだ。端的に言えば、[Sの物語]の聞き手として、設定されている。ところが、聞き手であるはずのPが[Sの物語]の語り手として機能し始め、退場してくれない。なぜか。
 Pは、自分に与えられた、聞き手の機能を、なかなか、身につけることができないからだ。「遺書」のためには長すぎる前文、[P文書]は、SとPの親交を描いているのではない。
//「人生」
 Pが「真面目に人生から教訓を受けたい」(31)と言うとき、「人生」というのは、普通なら、P自身の「人生」のことだと思われるが、ここでは、Sの「人生」だ。なぜ、このような表現が可能かと考えると、『こころ』以前の『こころ』、つまり、Sの「自叙伝」(110)か、あるいは、その原型の物語で「人生」と言えば、Sの「人生」しかないからだろう。Sの「過去」(31)の物語は「絵巻物のよう」(56)に、Pの出現以前に完成し、「展開」(56)するばかりになっていた。「平生筆を持ちつけない」(56)Sにも、「この長いものの大部分を」(110)、「十日以上」(110)という短時間で、しかも、「妻の留守の間」(110)に書き上げることができたのは、このためだろう。
 実際には書かれなかったらしい「自叙伝」か、その原型であるところの[原『こころ』]では、Sは「何処からも切り離されて世の中にたった一人住んでいる」(107)気だったからだ。作者が本当に描こうとしたのは、この物語だ。だから、そこには、Pはもとより、静やKもいない。ちょうど、一郎(『行人』)のように、周囲に人がいても、心理的に隔絶している。だから、一郎がSに変身したと考えてもいい。また、一郎は、須永(『彼岸過迄』)の後裔でもある。
 孤独感をパーソナリティとするかのような彼らに絡む人物は、特にいない。ただ、おとなしい聞き手はいる。Pは、その聞き手達の系譜に属する。S系の語り手とP系の聞き手は、作品の内部で、[S-P]として、セットになっている。
 だから、「淋しい人間」Sが、「貴方の来て下さる事を喜んでいます」(7)というとき、普通なら、[φ-S]が「淋しい」状態で、それが[P-S]となって解消されるから、Sは「喜んで」いると読めそうだが、[S-φ]が[S-P]になったから、「喜んで」いるようでもある。
 Sは、「私はあなたの意見を軽蔑までしなかったけれども、決して尊敬を払い得る程度にはなれなかった」(56)と記す。普通に読めば、Pがつまらない意見しか言えなかったか、Sの要求が高過ぎるか、そのどちらかのようだが、そうではない。Pは、語り手としては、Sに期待されていないからだ。しかも、なぜか、そのことを、Pは了承している。だから、この文は、僭越なPに対する、Sの褒め言葉に近いと取るべきだろう。
 Pは、次第にSを詰問するようになるが、詰問は、聞き手の権利であり、Pの詰問によって、Sは、より高次の語り手である、「遺書」作者に変身する契機を得ることになる。だから、Pは、普通に考えれば、Sを自殺に追いやったのだから、Kの自殺後のSのように、かなり、めげなければならないはずだが、むしろ、溌剌としたふうであるのは、[Pは、詰問によって、Sに功徳を施したようなものだ]と考えられるからだろう。
  実際ここにあなたという一人の男が存在していないならば、私の過去
 はついに私の過去で、間接にも他人の知識にはならないで済んだでしょ
 う。
                               (56)
 常識的に考えれば、こんなお礼状は、とても受け取れない。[「実際ここに」Pが「存在していないならば」、Sは死なずに「済んだでしょう」]と思って、素直に喜べるか。
//「寂寞」
 Sは、聞き手としての静について、次のように記す。
  然し腹の底では、世の中で自分が最も信愛しているたった一人の人間
 すら、自分を理解していないのかと思うと、悲しかったのです。理解させ
 る手段があるのに、理解させる勇気が出せないのだと思うと益悲しかっ
 たのです。私は寂寞でした。何処からも切り離されて世の中にたった一人
 で住んでいるような気のした事も能くありました。
                               (107)
 「寂寞」というのが「淋しくって仕方がなくなった」(107)というのと、同じ気分を指すとすれば、この場合、[S-静]となるべきところが[S-φ]なので、Sは、「寂寞」なのだろう。
 [話を聞いてもらえないから、淋しい]というのが、Sにとっての、そして、作者にとっての[「淋しい人間」(7)の物語]の基本形らしい。
 私は、[他人が私に話をしてくれないから、淋しい]とは思うが、[他人に自分の物語を語れないから、淋しい]とは、思わない。思うとしても、贅沢な淋しさだ。[濡れ衣を晴らすために、弁明を聞いてもらいたい]という場面は切実だが、そんなとき、「淋しい」という言葉を遣うとしたら、悠長に過ぎよう。
 もし、[「淋しい人間」の物語]がこの「世の中」でも[世界]として通用しているとすれば、「何処からも切り離されて世の中にたった一人で住んでいるような気」がするのは、この私でなければならない。
//「懐かしみの根」
 「他の懐かしみに応じない先生」(4)というとき、この「懐かしみ」は、既視感(3)ではなく、[親しみ]だ。いつの間にか、[親しみ]の意味が確定している。
 「見た事のある顔の様に思われてならなかった」(2)という言い回しは、「見たように思う」(3)というように、やや、退潮した表現に変わり、[再会の気分]は、次第に薄らいで行く。が、完全に消えるわけではない。語られるPが語り手Pの記憶を模写するかのような雰囲気は、「予期」(3)や「直覚」(6)という言葉として、生き延びる。SとPの交流は、作品の外側の倒錯した時間において、生じている。語り手Pの過去である、語られるPの「予期」は、語られるPの未来である、語り手Pの「記憶」(1)と、野放図に混同される。本当は、「予期」と「記憶」の狭間に、過去と未来に挟まれた現在があり、交流は、そこで起きるのでなければならない。
 「懐かしみ」に含まれていた既視感の要素が消える頃、「懐かしみの根」(30)について語られる。それは、Sの「弱くて高い処」(30)だと、Pは語る。
 Pは、「弱くて高い処」のある人物に出会うと、きっと、接近したわけか。違う。「凡ての人間に対して、若い血がこう素直に働こうとは思わなかった」(4)というのだから。あるいは、「弱くて高い処」のある人物は、Sしかいなかったのだろうか。もし、そういう意味なら、「弱くて高い処」という言葉が重量制限を超える。あるいは、同義反復だ。「先生」とは「弱くて高い処」のある人物の尊称であり、そして、その尊称に相応しい人物としては、PはSしか知らない。そういう話なら、[P文書]は、類語収集帳に過ぎない。
//「鋭どい懐しみ」
  「与し易い男だ」
  実際に於て与し易い或物を多量に有っていると自覚しながらも、健三
 は他からこう思われるのが癪に触った。
  彼の神経はこの肝癪を乗り超えた人に向って鋭どい懐しみを感じた。
 彼は群衆のうちにあって直そういう人を物色する事の出来る眼を有って
 いた。けれども彼自身はどうしてもその域に達せられなかった。だから猶
 そういう人が眼に着いた。又そういう人を余計尊敬したくなった。
  同時に彼は自分を罵った。然し自分を罵らせるようにする相手をば更
 に烈しく罵った。
  斯くして細君の父と彼との間には自然の造った溝渠が次第に出来上っ
 た。
                            (『道草』78)
 [健三は、愛情に飢えていた。だが、自分が愛の奴隷にされやすいことを自覚していて、そうなることを恐れるあまり、過剰防衛的に、その恐れを怒りとして表出することがあった。こうした歪んだ気持ちを理解した上で、つまり、健三が「肝癪」として表出してしまったものは「鋭どい懐しみ」だということを弁えて交際してくれる「達人」(『硝子戸の中』9~10)を、健三は求めていた。ところが、実際に、そのような「達人」に出会ってみると、今度は、自分が「達人」のように振る舞えないという事実を思い知らされ、劣等感に苛まれ、羨望のために相手を憎んだ。だから、相手と喧嘩別れをするのが、常だった]
 こんなことが書いてあるらしい。よく分からない。「自分を罵らせるようにする相手」というのは、「この肝癪を乗り超えた人」(達)と同義のようだが、「罵った」という言葉で表せるような修羅場は、描かれていない。ここで、「相手」という言葉は、「罵らせようとする」という述語のための、形式的な主語なのかもしれない。[「罵らせ」の神]とか。「斯くして」どうにかなるのだろうか。
 要するに、健三は、自分の「肝癪を乗り超えた人」を「物色する事の出来る眼を有っていた」が、私には理解できない理由によって、そういう人達と交際を結ぶには至らなかったらしい。
 どうも、怪しい話だ。「この肝癪を乗り超えた人」は、なぜ、「自然の造った溝渠」を越えてくれないのだろう。「肝癪を乗り越えた」スーパーマンにも、「渠溝」は跳び越せないらしい。ある種の人を「物色する事の出来る眼を有っていた」としても、健三は、その種の人達と実際には交際を結べないのだから、その人が本当はどんな人か、結局、分からないはずではないか。
 Nは、「極めてあやふやな自分の直覚」(『硝子戸の中』33)が、「果して当ったか当らないか、要するに客観的事実によって、それを確かめる機会を有たない事が多い」(同33)と記す。この記述なら、まだ、理解できそうだ。「物色する事の出来る眼を有っていた」という話は、健三の個人的神話の類いと考えられる。
 柿の種を蒔いたら、芽が出て、木になり、花をつけたが、柿の実が生らないとしたら、蒔いたのは、柿の種ではなかったのだろう。普通は、そう考えるのではないか。「物色する事の出来る眼」があっても、役に立たないのなら、そんな「眼」はなかったのだろう。あっても、言う程のことはあるまい。
 さて、語られるPが「実際に於て与し易い或物を多量に有っている」ことは、「友達」(1)に呼ばれて、わざわざ、金を工面して出掛けたのに取り残されるという挿話から、推測できる。そういうPだから、「群衆のうちにあって直」、Sを発見することができた。そんな御伽噺から始まるらしい。
 『こころ』とは、健三の、そして、多分、Nの個人的神話が、「遺書」に記された「客観的事実によって、それを確かめる機会を」得るという伝説に変換される過程なのだろう。しかし、実は、『こころ』読者は、Pの「直覚」が「果して当ったか当らないか、要するに客観的事実によって、それを確かめる機会を有たない」はずだ。作者は、Sの死とともに、「客観的事実」を闇に葬っている。
 もし、Sが死に損なえば、「かつてその人の膝の前に跪ずいたという記憶が、今度はその人の頭の上に足を載せさせようとする」(14)という、Sの予言が、Pに関して、成就したはずだ。Pは、Sを「烈しく罵った」かもしれない。
 暗い目をしているくせに、妙に人懐こい人がいる。ポツンとしているから、ちょいとご機嫌を伺えば、ベタベタ、付きまとう。溺れる人を助けに行き、しがみつかれて無理心中といった話を思い出す。飲み物のお代わりを口実に、這々の体で逃げ出せば、ニヤニヤ、みんなに見られている。なんだ、そうか。そういう奴なんだ。みんな、知ってる。一度は、やられた。だったら、前以てと言い掛ければ、急に、人の目が逃げるようだ。振り向くと、真後ろに、その人が立っている。あなたは、そんな人のことを思い出そうとしている。
//「予期」
  私は最後に先生に向って、何処かで先生を見たように思うけれども、ど
 うしても思い出せないと云った。若い私はその時暗に相手も私と同じ様
 な感じを持っていはしまいかと疑った。そうして腹の中で先生の返事を
 予期してかかった。ところが先生はしばらく沈吟したあとで、「どうも君
 の顔には見覚がありませんね。人違じゃないですか」と云ったので私は変
 に一種の失望を感じた。
                                (3)
 「同じ様な感じ」とは、「見たように思う」ことか、「思い出せない」ことか、あるいは、別のことか。そして、そのとき、Pが「予期」していた「返事」とは、どのようなものか。[Sも、Pに見覚えがあるが、どこで出会ったのか、思い出せなくて、残念だ]というようなことか。そして、こんな「返事」を「予期」する人間は、「若い」と評されるわけか。
 そもそも、Pは質問をしていないのだから、「返事を予期」するのは、おかしい。実は、書いてないだけで、Pは、何か質問をしたのかもしれない。あるいは、Pの「腹の中」で、Sが「沈吟した」のだろうか。
 「どうも君の顔には見覚がありませんね。人違じゃないですか」(3)という、Sの台詞が記録されている。これは、Pの「予期」した「返事」ではないが、SがPからされたつもりの質問に対する「返事」として、形式的に成立するものだと、Sが考えていたとすれば、Sがされたつもりでいる質問とは、[Sは、Pの顔に「見覚」はないか。Pの「人違」か]というものだろう。しかし、この問答は、おかしい。[Sは、Pの顔を「見覚」ているか、いないか]という話題と、[Pは、Sを「人違」したか、しないか]という話題とは、関係がない。
 「見覚」については、「何処かで先生を見たように思う」というPの台詞を前提にして、[PがSを見たのなら、SもPを見たはずだ]という思い込みに飛び付き、さらに飛躍して、[Sは、Pを「何処かで」「見たように思う」ことはないか]という質問を投げかけたことになる。その質問に対する答えは、[Sは、Pを「何処かで」「見たように思う」ことはない]というもので、その根拠として、「どうも君の顔には見覚えがありませんね」と語られるわけだ。しかし、この根拠は、見当外れだ。Pは「見たように思う」という既視感について、質問しているのであり、「見覚え」の事実が話題なのではない。とは言え、この話題は、[PがSに既視感を持つのなら、SもPに既視感を持つか]という、とんでもない話を前提にしたいからか、P自身にさえ、明瞭に自覚できないのだろう。[いや、そういう話じゃないんだけどなあ]と思いつつ、「変に一種の失望を感じた」だけで終わるらしい。
 「人違」については、「何処かで先生を見たように思う」という、Pの台詞を前提にして、[Pが「何処かで」Sを「見た」と、Sは承認せよ]という命令文が作られる。この命令に対して、Sは、[承認できない]と答え、[なぜなら、Sは、Pに見られた覚えはないからだ]と付加することになる。しかし、この付加された根拠の文は、極めて疑わしい。なぜなら、人は、[他人から見られた]と思うことについて、いくらか、自信が持てるとしても、[他人に見られなかった]ことについて、あまり、自信は持てないからだ。
 作者は、[人は、自分を見ている人を、自分が見て、(自分は、その人に見られている)と確信する]という事態と、[人は、自分を見ている人を、自分が見なくても、(自分は、その人に見られている)可能性がある]いう事態とを、区別できないらしい。あるいは、区別することが苦痛であるらしい。確認が取れない場合を恐れるからだろう。作者は、[自分は、人に見られている]と確信するために、[自分で見る必要がある]と思っていないのではないか。[可能性の程度が上がれば、確信は得られる]と勘違いしているではないか。[見たという確信と見たのかもしれないという想像とは、濃淡の差があるだけで、実際には繋がっている]という前提で語っているのかもしれない。
 [Pは、Sを見たことがない]という話題が、多少なりとも現実味を帯びるのは、[何年何月何日何時頃、どこそこで、Pは、Sを見た。そのとき、そこにいたことを、Sは承認せよ]という文に対して、[承認しない。「人違」だ。なぜなら、Sは、そのとき、そこにいなかったからだ。Sは、そのとき、別の場所にいた]というアリバイの文が提出されるような場合だ。
 さて、Pは、こうした文脈がなければ、Sの「返事」は無効だと察知しているから、当然、「失望」する。しかし、P自身の質問が、既視感の共有というファンタジーの上に載っているから、話を振り出しに戻すのは、ためらわれる。[「変に一種の」「予期」をした結果、「変に一種の失望を感じた」のは、成り行きとして、仕方がない]と諦める。しかし、この後、「もう少し濃かな言葉を予期」(4)するような場面があったらしく、Pは、その度に「失望させられ」(4)るのだが、なぜか、「もっと前へ進めば、私の予期するあるものが、何時か眼の前に満足に現われて来るだろうと思った」(4)と記す。「予期するあるもの」とは、どんなものか。「もう少し濃やかな言葉」か、それとも、「同じ様な感じ」に関する何かか、あるいは、別のことか。語り手Pは、語られるPが何を「予期」していたのか、忘れてしまったのだろうか。あるいは、もともと、分からなかったのだろうか。分からない疑問の解答を得ても、それが「予期」していたものかどうか、誰かに分かるのだろうか。
 こんなとき、私は、「前へ進」むべきではないと考える。前に戻って、話を整理すべきだ。
 初めに「予期」されていたのは、[再会の気分]だった。次は、復活したものとしての[親しみ]を含む「濃かな言葉」らしい。そして、さらに、「予期するあるもの」は「不思議」(6)とされ、それは「後になって事実の上に証拠立てられ」(6)るものとして、未来に向かって次々に放擲され、「遺書」を呼び入れることになる。ということは、復活を待たれていたのは「遺書」だ。[再会の気分]は、「遺書」読了後のPの気分の前倒しだ。別の言い方をすれば、[Pの気分は、「遺書」の予告だ]ということになる。
 例えば、[Pは、Sに、「何処かで先生を見たように思うけれども、どうしても思い出せない」と言った。Sは、Pと「同じ様」に、「何処かで」Pを「見たように思うけれども、どうしても思い出せない」と言った。「何処か」で、二人は出会ったことがあるのだろうか。いや、そうではない。お互いに、「人違」しているのだろう。Pは、Sを、父親と「人違」している。Sは、Pを、「若い」ときの自分と「人違」している。「若い」ときのSも、Pのように、誰かを父親だと「人違」することがあったからだ]と、このように展開しないので、Pは、「変に一種の失望を感じた」のだろう。あるいは、作者が、Pの「失望」を読者に共有させようとしているのだろう。
 PがSから「もう少し濃かな言葉を予期して」いるとき、読者は、作者が「もう少し」詳細な「言葉」を提出するよう、期待している。作者は、読者の不満を、Pの「失望」にすり替える。Sは、Pを「焦慮せるような結果」(13)を齎すが、作者は、読者を「焦慮せる」意図を持っている。
//「直覚」
 「こういう感じを先生に対して有っていたものは、多くの人のうちで或は、私だけかも知れない」(6)と、Sは記す。「多くの人」とは、何事だろう。Sは、「日本人にさえあまり交際を有たない」(3)と語ったのではないか。[Sの周囲に「多くの人」がいたか、いなかったか]という問題は、何をもって[多い/少ない]の基準とするか、不明だから、私の手には負えない。Pから見れば、Sの周囲には「多くの人」がいて、Sの気持ちでは「あまり交際を有たない」という感じだったのかもしれない。こうした食い違いは、「友達」(89)の有無について、SとKの場合にも起きるが、おかしな話だ。物語の土台が揺らぐ感じ。
 Pは、「こういう感じ」の希少価値を誇張し過ぎて、嘘をついてしまったのか。そして、そのことに、作者は気づかないのか。「多くの人」とは、『こころ』読者のことかもしれない。どちらにせよ、語り手Pの言葉には、信憑性がない。
 「こういう感じ」とは、「直感」(6)や「直覚」(6)と同じものらしい。同じなら、なぜ、言葉を変えるのか。怪しい。しかも、それらが「予期」(3)という言葉の指すものと同じなら、Pは、次々に言葉を取り替えていることになる。油断のできない書き手だ。作者は、超能力の文芸的処理に慣れていないらしい。
 『こころ』において、「直感」や「迷信」(61)という言葉は、有効に機能してはいない。『明暗』において、ポアンカレーの「偶然」(同2)が機能しないのと同様だ。作者のごまかしでなければ、思い入れ過剰だろう。勿論、別の何かが物語の進行のために機能しているのなら、思い入れなど、いくら、あっても構わない。しかし、あるのは思い入れだけだとすると、読書は極めて困難になる。『こころ』には、この困難を越えるだけの価値があるという主張が成り立つとしても、その価値というのが、作者の思い入れを「受け入れる事」(56)そのものなのだとしたら、堂々巡りと言えよう。
 もし、[Sは、価値あるものを秘めていた。そのことをPだけが「直覚」した]という話なら、「だけ」という言葉に重要性が認められる。しかし、Sが秘めていたのは、たかだか、[友人を死なせてしまったらしい]という、あやふやな気持ちに過ぎない。そんな薄汚いものを発掘したからと言って、別に手柄にはなるまい。むしろ、「多くの人」は、そんなものを「直覚」したら、Sと「あまり交際を有たない」ようにするはずだ。だから、Sの周囲にいる人が[多い/少ない]は別として、P「だけ」が深い「交際」をした理由は、Pが「直覚」を持っていたからではなく、「直覚」を持っていながら、持っていないのと同じような態度でいたからだということになりそうだ。
 「予期」やら「直覚」やらは、「変に一種の失望を感じた」(3)ことの作り替えだろう。まず、Pは、Sに対する疑いを「失望」として作り替える。そして、Sの思わせ振りな「沈吟」(3)や「不得要領」(31)に終わりがちな「談話」(31)によって、暗示的に誘導され、「不思議」(6)大好きだからか、「直覚」という言葉を引き寄せる。しかし、その言葉の由来の物語は、Pにはない。だったら、Sにあるのだろうと、強引に推理を進める。
 『こころ』読者が、Pに「直覚」があるように感じるとしたら、その感じというのは、作者によって暗示的に誘導されて生じたものだ。[P文書]の中身の薄さには、読者が気づくまいと抵抗するのでもない限り、小学生だって、簡単に気づくはずだ。
 「直覚」は、Pについては、「遺書」読了後の、語り手Pの印象が、語られるPに滲出したものと考えられる。静ママが「直覚に富んでいる」(69)とされるのは、[Sの物語]を読んでいるような気がしていたからだろう。あるいは、読まれていたいと願う、Sの密かな願望が、静ママの「直覚」を「証拠だてる」ように、Sを動かしていたか。どちらにせよ、「直覚」は、過去の予想の誤認だろう。そうでなければ、こじつけだ。本当は、この問題をPのキャラクタとして説明することはできない。Pの「直覚」は、作者のはったりだからだ。
 「直覚」は、Pにとって、「高尚な術語」(N『坑夫』)だとは書いてないが、作者は、そのように使用するのが当然だと考えているのかもしれない。だったら、さあ、大変。「直覚」を検索しなくちゃ。でも、「高尚な」話なのかなあ、『こころ』って。


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