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#098[青]07 新しいカーペットは、なに色がいいと思う。 カーペットって、あの、家の床に敷くやつかい。猿山じゃなくて。 そうじゃないカーペットって、あるの? ないね。 あるわ。壁に掛けるの。 ああ。タぺストリがほしいの? あら。タペストリを買うの? あ。買わないんだね。 買わないわ。買うの? いいや。壁に掛けるんでも、床に敷くんでも、空を飛ぶんでも、とにかく、新しいカーペットは買わないよ。 空を飛ぶのは、御伽噺でしょ? ああ。御伽噺のカーッペットじゃないんだね。 ええ。御伽噺のカーペットじゃないわ。床に敷く、本物のカーペットよ。 本物の、新しいカーペットだろう? ええ。本物の新しいカーペットよ、しかも、たったの1枚。模様は、花か、果物ね。風景でも、いいわ。動物はいないの。いいえ、いてもいいわ。でも、鳥は、いやよ。蝶々も嫌い。羽が生えてても、生えてなくても、地面を離れて、ふわふわするのは、そりゃ、不安なものよ。冷たい幾何学模様は、もっと、いや。お部屋が迷路になっちゃうもの。私の願いはね、柔らかな雰囲気に、ゆったりと包まれること。だから、色はパステル調ね。暈しをふんだんに使ってて、見る角度によって風合いが変わるの。そういうのって、ああ、素敵だと思わない? ええっと、その、本物の、新しい、しかも、たった1枚の豪華なカーペットを、君は、どうしようって言うの。 豪華なんて、言ってない。 その、豪華じゃないカーペットは、多分、床に敷くんだよね。 敷くのよ。 どこの床に敷くの。 リビング・ルームよ。 リビング・ルームって、ここ? ここに、敷ける? え? じゃあ。 新しいリビング・ルームよ。 新しいリビング・ルームって、どこにあるの。 新しい家よ。 何だ、また、家の話か。 ううん。カーペットの話よ。 新しいカーペットは買えないな。新しい家のリビング・ルームに敷くやつならね。 新しい家のリビング・ルームに、カーペットは必要じゃないって言うの? まあ、そうだね。 壁にタペストリを掛けるのに、床にカーペットは敷かないの? そんなの、変よ。 だったら、タペストリも掛けないのさ。 あなたがタペストリを諦めるから、私はカーペットを諦めるのね。 僕は、タペストリを諦めるなんて、言ってないんだけど。 あなたはタペストリを諦めないのに、私はカーペットを諦めるのね。 そうじゃなくて、諦めるも何も、初めから、タペストリなんて、ほしくなかったんだ。勿論、カーペットもだ、空を飛ぶのも、飛ばないのもね。 それだけ? 何が。 ほしくなかったものって、それだけ? 何だよ。 他にもほしくなかったものがいろいろとおありのような、ご発言だから。 何の話だか。 さあ、何の話かしら。あなたが、ご存じなんじゃなくて? 知らないね。知ってるのは君だろう、君が言い出したことなんだから。 私は、何も言い出さないわ。私が何かを言い出せるわけ、ない。だって、私は、何も知らないんだもの。私は、知らない、何も。私は、目隠しされたうえに、火の消えた松明を捧げて、洞窟の中を歩かされているようなもの。滑稽よね。 ……買おうか、カーペット。 あら? でも、新しい家は買わないよ。 家を買うなんて、当分、無理よ。 そうだよ。 カーペットだって、贅沢だわ。 え? カーペット、買いたかったんじゃないの? あなた、私の話、聞いてた? そのつもりだけど。 私が、何かを「買いたい」なんて、言ったこと、あったっけ? 言ってたような気がするけど。 私が、何を「買いたい」って言ったの。 そりゃ、いろいろ、あるよ。 だから、何よ。 例えば、家だ、今日の場合はね。 ちょっと、しっかりしてよ。「家を買う」って話、したの、昨日でしょ。それに、その話、始めたの、あなただわ。 ははあ。そうか。なるほど、そうだね。昨日なんだ。昨日でなきゃ、一昨日かな。いや、もっと前か。とにかく、そのとき、僕が、その話を始めたんだね。そして、その話をしたのは、今日じゃない、と。 もう、あなたったら、昨日と今日の区別も付かなくなったの? 「家を買う」って話は、昨日よ。「カーペットを買う」ってのは、今日ね。そして、どちらも、あなたが言い出したことよ。ちゃんと覚えといてね。 ああ、覚えとく。 でも、忘れるんでしょ。「ほしくない」って言ったばかりのカーペットを、すぐに、「買おう」なんて言い出す人だもの。忘れっぽいのにも程があるわ。 忘れっぽい、確かに。最近、ちょっと忙しくてね。 私だって、忙しいわ。でも、私は忘れないし、昨日と今日の区別も付く。 君、忙しいって、何がそんなに忙しいの。 いろいろとあるのよ。あなたは? 僕は、そりゃ、いろいろとね。 いろいろ? いろいろ。 いろいろって、なに色? |